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<1日目/佐藤聖/厨房>

 何故だろう。江利子に続いて蓉子が変わり果てた姿になったというのに、悲しくもなければ、怒りも湧かない。
 令は音の外れた笑い声を響かせていたが、つい数分前にそれは泣き声に変わり、今は広間に戻って大泣きしている。由乃ちゃんは勿論、祥子や祐巳ちゃんたちもそれに続いて広間に戻り、今厨房にいるのは私と可南子ちゃんしかいない。
「……ねぇ、可南子ちゃん」
 一際背の高い少女は一瞬身体をビクッと強張らせたが、すぐに私を見て「はい」と返事をした。先程の広間での取っ組み合いを思い出したらしい。
「蓉子を、このままにしておくのは可哀想だと思うんだ」
「……同感です」
 彼女は小さく頷くと、蓉子を一瞬だけ見て、すぐに目を逸らした。
 苦悶の表情を浮かべた、私の親友。口から流れ出た血や喉を掻き毟った痕が痛々しい。
「部屋に、寝かせてあげたいんだ。手伝ってもらえるかな?」
「私でよければ、お手伝いさせていただきます」
 可南子ちゃんはそう言ってくれた。私は「うん」と言って、
「広間のみんなにも伝えなくちゃ」
 食堂を通って広間に入ると、どうやら人数が減っている。部屋の隅ですすり泣いている令と、それに寄り添う由乃ちゃん。祥子は近くの椅子に座って目を赤くしていて、どうやら泣いたようだ。祐巳ちゃんも祥子の手を握ったまま、私を見ている。
「祐巳ちゃん、志摩子と乃梨子ちゃんは? あと、瞳子ちゃんの姿も見えないようだけれど……」
 私が訊ねると、祐巳ちゃんは慌てて答えた。
「し、志摩子さんは乃梨子ちゃんが気分を悪くして、洗面所に行きました。瞳子ちゃんも、それを追って、ここを出て行きましたっ」
「そう。ありがと。──私と可南子ちゃんは、蓉子を部屋まで連れて行くよ。志摩子たちが戻ったら、そう伝えておいて」

<1日目/藤堂志摩子/洗面所>

「乃梨子、大丈夫?」
 私は乃梨子の背中を何度かさすった。鏡越しに見えた乃梨子の表情はとても青く、やがて口元を拭い、小さく言った。
「……ひょっとしたら、私が死んでいたかも知れない」
「な、なにを言うの乃梨子。どういうこと?」
「私、あの時流しで思いっきり吐いてたんだ。そうしたら今度は凄く喉が渇いちゃってさ、蛇口から直接水を飲んで、そしてむせちゃって……その時に志摩子さんが来てくれたんだけどさ」
 私は頷く。廊下側から厨房に向かうと、激しく咳き込む声が聞こえて、慌てて厨房に入ったのを覚えている。流しに背中を預けるように座り込んでいた乃梨子。あの場所に、ほんの数分後に蓉子さまがあんな姿で──。
 そこまで思い出した時、私ははっとした。乃梨子の言いたいことがわかったのだ。確かに、乃梨子は……。
「もしあの時、私が流しのところにあったコップで水を飲んでいたら、私、私……」
 私の腕を握り、乃梨子は小さく震える。あの時の判断が乃梨子の生死を分けたのだ。そして、蓉子さまの生死も、また──。
「乃梨子!」
 私は咄嗟に抱きしめていた。
「志摩子さん……」
「乃梨子、大丈夫よ。私が守ってあげる。お姉さまも、祐巳さんや令さまも、祥子さまも、由乃さんも、瞳子ちゃんも可南子ちゃんも! みんな、みんな、私が……」

<1日目/細川可南子/階段>

 一時間前だろうか、私は気を失った蓉子さまを、聖さまと一緒に下へ運んだ。それが、まさか──まさか、冷たくなった蓉子さまを、再び三階へ運ぶことになるなんて。
 聖さまも同じ思いなのだろう。時折目を伏せ、小さくため息をついている。たった一日の間で、親友を二人も失ったのだから、無理はないだろう。
 ……無言で階段を上がる中、私は考えていた。それは、この事件の『犯人』についてだ。
 どこをどう考えても、江利子さまと蓉子さまは事故で亡くなったのではない。じゃあ、自殺? ──ありえない。蓉子さまが江利子さまの後を追ったとでもいうのか。それに、江利子さまは何故この島でわざわざ死を選んだ?
 考えが行き着く先はただひとつ。それは『殺人』。
 江利子さまを夕食前に殺害し、コップに毒を仕込む。あるいはそれは前後していたのかも知れない。とにかくそのコップに水を注ぎ、蓉子さまはそれを口にした。言わば時限爆弾のようなもので、最後まで誰も使わないかも知れないし、別のタイミングで蓉子さまではない誰かが──ひょっとしたら私が──命を落としていたのかも知れない。
 そしてそれを仕込んだ『犯人』は必ずいる。私は私が犯人でないことを一番よく知っている。じゃあ、誰が?
 疑うとキリがなくなってしまう。令さまの取り乱したあの態度は演技なのかも知れない。演技といえば、それが一番上手なのは演劇部の瞳子さんなのではないか。別荘に招いた主人が犯人というのは、由乃さまの好きな推理小説ではよくあるパターンだ。となると犯人は祥子さまなのか。祐巳さまが犯人とは考えたくない。しかし──。
 推理小説に詳しそうな由乃さんが犯人という可能性もある。あの人畜無害そうな志摩子さまが? それとも、乃梨子さんがある計画を企てて……。
 共犯がいるのかも知れない。ひょっとしたら複数犯で、三人、あるいは四人? ……まさかいつか見たことのある小説のように、探偵と被害者以外が全員共犯者という訳ではないだろう。
 そして──この目の前にいる、笑みの消えたこの先輩こそが、犯人なのかも知れない──。
 ……私は頭を振る。いけない。疑ってはいけない。このメンバーの中に犯人がいるわけがない。きっとそうだ。そうに違いない。
 そうこうしているうちに、私たちは三階に到着した。蓉子さまの部屋は鍵がかかっていなかった。ベッドに蓉子さまを横たえて、シーツをかけた。聖さまがそっと目を閉じさせて、「行こう」と小さく呟いた。
 ドアを閉じて、階段に向かおうとした時、聖さまがその場から動かないのに気づいた。振り返ると、ゆっくりと壁に背中をもたれさせ、そのまま床に座り込んだ。
「聖さま……?」
「……蓉子。蓉子、蓉子……」
 うなだれた聖さまは、何度も蓉子さまの名前を繰り返していた。私はゆっくりと聖さまに近寄り、隣に座り、そっと身体を抱き寄せた。
「……止めてよ。子供じゃない……」
 聖さまはそう言いつつも、私に身を預けて、いつしか涙を零していた。
 下に戻るのは、少し遅くなりそうだ。