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<1日目/福沢祐巳/三階廊下>

 夕食の時間になり、私はお部屋にいる人を呼んで回っていた。
 まずは私の隣の部屋の由乃さん。何度かノックをすると、その隣の部屋から出てきた。
「あれ? 由乃さん、どうして?」
「あぁ、令ちゃんとお部屋を交換してもらったの。ちょっと不気味なのよね、そこのお部屋」
「不気味?」
 そんなに不気味な部屋に令さまを入れさせたのか、由乃さんは。由乃さんだったら令さまと相部屋でもいいと思うんだけど。
「何なら、後で見てみる? 令ちゃんは平気だって言うんだけれど」
「あ、だから変わってもらえたんだ」
「そう。それで?」
「へ?」
「私に何か用事があったんじゃないの?」
「そうそう。夕食の時間だから、食堂に集まって下さい、って」
「あら、もうそんな時間なのね」
 お洒落で可愛いデザインの腕時計で時間を確認しながら、由乃さんは「祐巳さん、ありがと」と言って部屋に戻った。
 令さまとお姉さま、それに志摩子さんと乃梨子ちゃんは一緒に夕食の準備をしていたので、次に呼ぶべき人は……と考えていると、一番向こうの部屋から可南子ちゃんが出てきた。
「可南子ちゃん」
「祐巳さま。どうしたんですか」
「ご飯の時間だから、食堂に集まって」
「わかりました。ありがとうございます」
 その足で可南子ちゃんは階段に向かった。
 その向いの部屋にいるはずの瞳子ちゃんはいくら呼んでも出ないので、きっと入れ違いになったんだろう。私は階段を上り、蓉子さまたちの部屋に向かった。
 蓉子さまはすぐ近くの資料室にいた。
「蓉子さま、夕食の時間です」
「あら、ありがとう祐巳ちゃん。すぐに行くわ」
 様々な古めかしい物に囲まれた蓉子さまは、まるでその部屋の主のようだった。どんなところにいても、威厳がある。格好良い。
「凄い数ですね」
「ええ。古い刀や銃もあったわ。あっちの棚に古美術の資料があってね、ちょっと興味が湧いたものだから」
「古美術って、掛け軸とかですか?」
「ええ。母が立派な掛け軸を持っていたのを思い出してね、つい」
 蓉子さまは微笑み、資料室から出た。私も一緒に出て、江利子さまの部屋に向かう。
 何度もノックをするが、返事はない。蓉子さまも少し困ったような表情をしていた。
「どこか行ったんでしょうか」
「うーん、先に食堂に行ったんじゃない?」
 そんな話をしていると、隣の部屋のドアが開いた。聖さまだ。
「あっれぇ、どうしたの祐巳ちゃん」
「あ、聖さま。食事の時間なので呼んで回っていたんですが、江利子さまがお部屋にいないようで」
 すると、聖さまの顔から笑顔が消えた──ように見えた。
「いいんじゃない、江利子は放っておいても」
「えっ、でも」
「それより、早くご飯ご飯! 当然食べさせてくれるよね?」
 聖さまはいつもの笑顔で私に抱きつくと、そのまま階段へと連れて行く。
「あ、あのっ」
「江利子なら心配ないって。さぁさぁ、祐巳ちゃんに食べさせて貰おうっと」
 蓉子さまも苦笑しながらついてくる。私は最後まで江利子さまが気がかりで、ちらちらと江利子さまの部屋のドアを見ていた。

 まさか、江利子さまと言葉を交わせなくなるだなんて、この時は思っていなかった。

<1日目/水野蓉子/広間>

 食事をし終わっても、江利子の姿はない。あの時の聖との一件が関係あるのは間違いなかった。しかし、江利子には私の姿が見えていたはず。度が過ぎてはいたけれど、ふざけてやったことだと信じたかった。
 食後の紅茶を飲みながらそんなことをぼんやりと考えていると、祐巳ちゃんが私を見ていることに気づいた。
「どうしたの、祐巳ちゃん」
「いえ、その……」
「──江利子のこと?」
 祐巳ちゃんは無言でうなづく。そうよね、やっぱり心配になるわよね。それに、あの時の聖の態度もそう。引っかかるのは当然だわ。
 私はソファから立ち上がると、少し離れた場所でチェスの勝負をしている聖に歩み寄った。
「聖」
「んー?」
 チェス盤から視線をそらさず、聖は返事をする。対戦相手は乃梨子ちゃん。二人の間には志摩子がいて、まるで志摩子を賭けて勝負をしているみたいだ。勝負は乃梨子ちゃんのほうがやや劣勢か。
「江利子のことなんだけど」
「後にしてくれる? 今大事な勝負中なんだ」
 やっぱり。予想していた通りの返答に、私は肩をすくめた。仕方なく、志摩子の隣に座る。
「江利子さまが、どうかなさったんですか?」
 志摩子の質問に、私は曖昧な返事をした。まさか貴方の姉を階段から突き飛ばしたなんて言えない。祐巳ちゃんはやはりチラチラと私を見ているし、江利子のことはどうにかしないといけない。
 ふと、窓の外を意識した。雷は鳴っていないが、相変わらずの雨模様。風も少しあるのか、明日も晴れそうにないだろう。
 小さくため息をついて、私は立ち上がった。
「祐巳ちゃん」
「は、はい」
「私、部屋に戻って本を持ってくるわ。ついでに、江利子の部屋に寄ってみる」
 広間を出ると、広間から続いている食堂のドアが開いた。由乃ちゃんがそこから出てくる。
「蓉子さま」
「ちょっと部屋に戻るわね。本を持ってくるから」
「あ、じゃあ私も行きます」
 一緒に階段を上がる。
「江利子さま、具合が悪いんですかね」
「そうかもね。様子をみようとは思ってるんだけど」
 その会話の後、由乃ちゃんと無言で階段を上っていく。最初に見た時は素晴らしく思えたこの城は、今は逆に重苦しい。
 由乃ちゃんと分かれて、私は三階に向かう。あの聖と江利子のいざこざがあった場所を過ぎて、私は江利子の部屋の前に立った。
「江利子? 私よ、蓉子よ」
 ノックをするが、やはり返事はない。
 なんとなくドアノブを握ってみると、ドアが開いてしまった。鍵はかかっておらず、ドアも軽く閉めただけだったようだ。少し開いた隙間から、冷たい空気が流れる。
「江利子、江利子。……入るわよ」
 私は少し返事を待ち、小さく息を吐いてドアを開けた。

 ベランダへ続く扉は開け放たれていた。
 カーテンがバタバタと暴れ、雨風が部屋を荒らしていく。
 ベッドの上には、江利子が持ってきた荷物が置いてある。
 そして、ベッドの向こうから伸びた足が、私の視界に入った。
「……江利子?」
 眠っているのか? こんな状態で?
(バカンスのために集められたメンバーたち)
 由乃ちゃんの言葉が、あのときの令との会話が、頭に浮かんだ。
(しかし島に着いた途端に天気は崩れ)
 雨と風は先程より勢いを増したようだ。
(脱出不可能の巨大な檻に閉じ込められてしまう)
 クルーザーはない。もしあっても、この天気と海の状態では……。
(そして起こる殺人事件)
 私は少し眩暈がした。まさか、そんなことは。しかし、そこにいる江利子は?
 ゆっくりと歩み寄る。床に寝ている江利子の、全身が見える──。
 私は悲鳴を上げた。その場に座り込む。そのまま気を失いたいくらいだった。
 両目を閉じた私の親友は、その胸から柄を生やしていた。
 クリーム色のサマーセーターを染める鮮やかすぎる赤。
 動かぬ身体。血の気のない顔。
「蓉子さま、どうしたんですか!?」
 由乃ちゃんの声が聞こえたと同時に、ようやく私は意識を手放した。

<1日目/佐藤聖/鳥居江利子の部屋>

 私がそこに駆けつけた時、蓉子は気を失っていた。由乃ちゃんは呆然とした表情で立ち尽くし、その部屋の中を見た令は半狂乱になって泣き叫んだ。
 祐巳ちゃんと祥子の息遣いは止まる。真っ青な顔で後ずさり、壁に背中をもたれさせた瞳子ちゃん。令をなんとか抑えた乃梨子ちゃんと可南子ちゃんの表情は強張っている。志摩子は私の腕を痛いほどに握っていた。
「……鍵」
 呟くように言ったのは、幽霊のようにそこに佇む由乃ちゃんだった。
「鍵を、閉めましょう。あと、ベランダの、ドアも」
 志摩子の腕をやんわりと払い、私は部屋を横切った。床に倒れた江利子はなんだかまだ生きているようでもあったが、恐らく胸に突き立てられたあの刃物の様子では、きっと──。
 ベランダのドアを閉める。江利子の顔を濡らしていた雨は、もう部屋には入ってこない。もう、江利子を濡らすことはない。
 机の上に置かれていた鍵を手にして、私は言った。
「行こう、みんな」
 絶望の表情を浮かべた令は乃梨子ちゃんに任せて、私は可南子ちゃんと一緒に蓉子を担ぎ上げた。部屋を出て、ドアを閉め、鍵をかける。
「これでいい? 由乃ちゃん」
 由乃ちゃんは無言でうなづいた。きっと由乃ちゃんだって推理小説とかで仕入れた知識をとっさに口にしただけなんだろう。
 鍵をポケットに入れ、全員を促して、広間に戻る。
 ──あの江利子の顔が、脳裏に焼きついてしまった。

<1日目/???/???>

 鳥居江利子は、一番最初の犠牲者となってくれた。
 その部屋を見てから、階段を下りていく、残された生贄たち。
 私は声を出さずに微笑んだ。
 さぁ、続けて行動していこう。
 あの有名な推理小説のように──。