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<3日目/???/広間>

 ──自分以外の人間は生きてはいない。
 嵐の孤島、凄惨な事件、物言わぬ屍となった哀れな子羊たち。
 自分以外の人間は殺されている。それは即ち生き残っている者が他の者を殺害したということだ。
 私は両手を見る。汚れている。自分の血なのか、それとも──。

<1日目/細川可南子/広間>

「あ、降ってきましたね」
 窓を開けて空気を入れ替えていると、風に乗って水滴が私の頬に当たった。少しずつ暗くなってくる空に、祥子さまは壁にあるスイッチを入れた。大きなシャンデリアの形をした電灯が、闇に飲み込まれていく部屋を明るく照らした。
「本降りになると大変ですから、窓を閉めますね」
「うん。お願いね、可南子ちゃん」
 祐巳さまがやわらかい笑みを浮かべて言った。私はゆっくりと窓を閉める。隣の窓は志摩子さまが閉めてくれた。窓を閉じても、空気の入れ替えは完了しているので、嫌な気分にはならなかった。
「みんな、荷物は中に入れた?」
 蓉子さまが手を叩きながら言う。これまでに数回しか会ったことはなかったが、その時と変わらず、冷静な方だ。祥子さまの姉というのも頷ける。
 各々自分が持ってきた荷物を確認している。クルーザーはとっくに帰っているので、その中に忘れ物をしていない限りは大丈夫なのだが。ちなみに私の手荷物は、椅子の上に置いてある。机の上に置いている人や床に置いた人など様々だ。
 確認タイムが終わったと思いきや、キョロキョロと部屋を見回している人がいた。瞳子さんだ。
「瞳子さん、どうしたの?」
 私が声をかけると、困ったような表情で答えた。
「私の鞄がありませんの。玄関かしら」
「ここにないなら、そうかもね」
「私、見てきますわ」
 独特の髪型をふわふわ揺らしながら、彼女は部屋を出て行った。
 それにしても、大きな屋敷だ。これは城と言ってもいい。歴史の資料などで見るそれにそっくりで、小笠原の財力に関心すると同時に呆れてしまう。
 なんでも、明治時代の監獄という噂もある。ある財閥の当主が別荘として作ったとの話もある。欧州からまるまる移送したという説もあれば、忽然と姿を現した呪いの建物とも呼ばれているらしい。要するに、誰も知らないのだ。
 椅子に座って落ち着いていると、瞳子さんが戻ってきた。手には鞄を持っていて、
「あったの?」
「ええ。ご心配おかけしました」
 特に心配はしてなかったのだが、数日の滞在中、自分の荷物がないと嫌なのはわかる。ここは素直に微笑んで「よかったわね」と言うべきか。
 そう思った瞬間、雷鳴が響いた。

<1日目/小笠原祥子/広間>

 雷は遠くに落ちたようだけれど、折角の旅行の初日にこんな天気になるなんて。私は小さくため息をついた。祐巳も雷に驚いたのか、表情を強張らせている。私がそっと手を握ると、「お姉さま……」と呟いて、握り返してきた。
「大丈夫よ。明日はきっと晴れるわ」
 祐巳だけではない。自分にも言い聞かせるように言った。
「それでも、雰囲気は出てきたわよねっ」
 そう言うのは由乃ちゃんだ。楽しそうに令の方を向いて喋りだす。
「嵐の孤島に大きな城、集まった穢れを知らない乙女たち! ミステリとしては最高のシチュエーションじゃない?」
「ミステリって……推理小説とか、二時間ドラマとかのアレ?」
「そうよ! バカンスのために集められたメンバーたち。しかし島に着いた途端に天気は崩れ、脱出不可能の巨大な檻に閉じ込められてしまう。そして起こる殺人事件」
「やめてよ、縁起でもない……」
「えー、面白いと思ったのに」
「由乃が面白くても、私は嫌なの」
「令ちゃんが嫌でも私は面白いの!」
「由乃ぉ」
 令の負けのようだ。青信号が点灯してしまった由乃ちゃんには勝てなくてよ、令。私はその言葉を心の中で呟いて、祐巳に囁いた。
「いっそ、由乃ちゃんの紅茶に塩でも入れてしまいましょうか」
「お、お姉さま?」
「そうすれば、最初の被害者は由乃ちゃんよ」
 私はクスクスと笑い、祐巳に「冗談よ、冗談」と言って、手を放した。
 そして、先程のお姉さまのように手を叩き、全員の注目を促した。
「ちょっと話を聞いて頂戴」

<1日目/佐藤聖/三階への階段>

 見取り図が祥子から渡されて、私達は探検がてら、自室に向かうことになった。荷物をいい加減、あの部屋に置いておく訳にもいかないだろうし。
「私の部屋は3階かぁ」
 そう呟くと、背後から首筋に触れるものがあった。
 一瞬ビクッとしたが、すぐに犯人がわかり、私はその人物に向かって言った。
「私の部屋の隣でいいの? 江利子」
「いいわよ。淋しくなったらいつでもいらっしゃい」
「誰が。そうなったら祐巳ちゃんの部屋にでも夜這いをかけるわよ」
「祥子や蓉子に殺されるわよ?」
 江利子は私の隣に並んだ。階段をゆっくりと上っていく。
「そうなったら、名探偵由乃の出番だよ。犯人は私に恨みをもつ者の犯行……ってね」
「乃梨子ちゃんに祥子に蓉子に私に……祐巳ちゃんや志摩子も入るわね」
「えぇー、恨んでるかなぁ」
「まぁ、一番確率が高いのは」
 江利子は階段を一段飛ばして上り、私の前に立った。
「私かな」
 江利子の両手が、私の胸を押した。
 ぐらり。私は悲鳴を上げるのを忘れて、そのまま背中から階段に──。
「きゃぁっ!」
 悲鳴が上がると同時に、私の身体は誰かに抱きかかえられた。
「聖、なにやってるのよ……」
「蓉子?」
 蓉子は私をしっかりと押さえていた。
「……江利子、あんた私を殺そうとしたわね」
「蓉子がいたから押したのよ」
「ちょっと江利子!」
 蓉子が少し強い口調で注意しようとしたが、あのデコは「私は愛のキューピッド~」とかなんとか言いながら姿を消した。
「……何が天使だ、あの悪魔」
 私は呟いて、体勢を立て直した。

<1日目/???/???>

 割り当てられた部屋に入り、バッグをベッドに置いた。その横に私も腰掛ける。
 天気が崩れたのは予想外だったが、幸運でもある。
 自然が作り出した巨大な檻に閉じ込められた、穢れを知らない乙女たち。
 あの時の会話に出てきた「殺人事件」というフレーズに、私の心は躍った。
 さぁ、最初の被害者は誰になるのか。
 直接手を下そうか、あるいは罠を仕掛けようか。
 心理的な罠か、物理的な罠か。
 ベランダを眺める。激しい雨が、床に打ちつけられている。
 その音をBGMに、バッグから見える小さな薬瓶を手にして、私はにっこりと微笑んだ。