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「みんながめいめい自分の神さまがほんとうの神さまだというだろう。
 けれどもお互い他の神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう」

  ──宮沢賢治『銀河鉄道の夜』より

<2日目/支倉令/広間>

「……戻って、きませんね……」
 祐巳ちゃんがつぶやいた。乃梨子ちゃんは私と入れ替わりに三階へ向かったが、戻らない。

 三階の聖さまの部屋で、私は可南子ちゃんの他殺体を見つけた。クロゼットの中に横たわっていた彼女は、一糸纏わぬ姿だった。最初は気絶していたと思ったけど、鼻につく血の臭いに、死んでいると確信した。……そして、よく見れば、可南子ちゃんは首を切り離されていた。
 正直、限界だった。お姉さまが最初にあんな姿になってから、立て続けにメンバーが殺されていく。なんのゲームか、誰のシナリオかは知らないが、この世界は最悪だ。
「嵐の孤島に大きな城、集まった穢れを知らない乙女たち! ミステリとしては最高のシチュエーションじゃない?」
 まだこんな惨劇が起こる前に由乃が喋った言葉を思い出す。あの後、由乃は部屋に本を取りに行くと言い、そのまま戻らなかった。
 あの時、私がついて行っていれば、少なくとも、由乃は死なずにすんだと思う。いや、死んでいない。私が命に変えて守っていた。
 由乃は犯人にはち合わせしたんだ。自分の部屋か、お姉さまの部屋か、とにかくどこかで犯人と──。

「──乃梨子!!」
 突然志摩子が叫んだ。窓の方を見ていた志摩子は、何を──。
「志摩子さん、乃梨子ちゃんがどうかしたの!?」
「志摩子、答えて!」
 祐巳ちゃんと祥子が立て続けに言ったが、志摩子は口をパクパクとさせるだけで、何も声が出ない。
 私は窓に近づいた。カーテンは閉められていたが、僅かに隙間がある。志摩子の座っていた方向からなら、外が見えたに違いない。
「窓を開けてみる」
 私はそう言ってカーテンを左右に分け、窓を開け放った。
 天気は相変わらず荒れていて、風と雨が暴れている。まるで、この館を表して──。

「令、何か見えて?」
 祥子の言葉が耳に届いたが、私は答えることができなかった。
 視界の端に入った何かを追って、私は顔を下へ向けた。
 そこにいたのは──。
「祥子」
「ど、どうしたの」
「絶対に、叫ばないって、約束して」

 片腕を失った彼女が、そこにいた。

 驚愕の表情で凍りついた乃梨子ちゃんの両目は、じっと上を見ている。

 背後で、大時計が十二時の鐘を鳴らした。

<3日目/福沢祐巳/厨房>

「大丈夫ですか、令さま……」
 私は、令さまの背中をさすっていた。
「乃梨子ちゃんが死んだ」と言って窓を閉めた令さまは、口元を押さえて厨房へと走った。一通り吐くと楽になったのか、そのままずるずると床に座ってしまった。
 コップに水を汲んで渡そうとも考えたが、似たような状況で蓉子さまが──ちょうどこの場所だ──毒を飲んで死んでいるのを思い出して、それを止めた。
「……祐巳ちゃん」
「な、なんでしょうか、令さま」
「もう、嫌だよ……。嫌だ。いつまで私たちは、こんな狂った世界にいなきゃいけないの? 帰りたい、帰りたいよ……」
「令さま……」
 私は、令さまの手を握ることしかできなかった。

<3日目/小笠原祥子/広間>

「志摩子、大丈夫?」
「……ええ……それよりも……令さまが……」
 志摩子は乃梨子ちゃんの落下した瞬間を見たが、それのショックは小さかったようだ。いや、志摩子の強さが、そのショックを乗り越えたと言うべきか。
「令は祐巳がついているから、大丈夫よ」
 食堂を挟んだ厨房にいるのは、令と祐巳。その反対側には私と志摩子。
「……聖さまは、無事なのかしらね」
 志摩子の返事はなかった。

 ガタッ、と厨房の方から大きな音がした。立ち上がろうとした私の腕を、志摩子がガッチリと握って放さない。
「志摩子、手を放して頂戴──!」
「──ねぇ、祥子さま?」
 志摩子の声に、私は背筋がゾッとするのを感じた。その声はいつもの静かな雰囲気ではなく、まるで地の底から響くような──。
「な、何かしら」
 ……私は、次に志摩子から出る言葉に、耳を疑った。

「もし、お姉さまが可南子ちゃんを殺して、部屋に向かった乃梨子をも殺したとしたら、どうします?」
「貴方、何を言っているの!? そんなことが」

 私の首に絡みつく志摩子の両手を、振りほどくことができなかった。

「そして、私が、計画通りに、ここで祥子さまを──」

 志摩子は、いつもの笑顔を浮かべている。

 ──ああ、祐巳。せめて貴方だけは、無事でいて頂戴。

<3日目/福沢祐巳/厨房>

「──ねぇ、祐巳さん?」

 令さまの声は普段より高く、まるで、それは──。

「私ね、背中を斬られちゃったんだ。痛かったわ」
「れ、令さま?」

 その声は、まるで、由乃さんのようで──。

「どうして助けに来てくれなかったの? 私、痛かったんだよ?」
「令さま、は、放して下さい!」
 令さまの両手が私の腕をがっちりと掴み、どんなに私が力を入れても、食い込む指は力を増す。
「祐巳さん、私、ずっと待ってるんだよ。乃梨子ちゃんもさっき来たの。ほら、薔薇の館で、一緒に、令ちゃんの、焼いた、ケーキを、食べよう?」

 私の手を放したと思った瞬間、令さまの手が、私の首にかかった。
「あ……か、はぁっ……」

 ──意識の薄れ行く中見えた令さまの顔は、能面のように、無表情だった。

 そして、その背後にいたのは──。

<3日目/佐藤聖/資料室>

「くそっ──」
 縄をやっとの思いで解いた私のいた場所は、資料室だった。壁にかかった骨董品や古い武器に見覚えがある。
 痛む手足をさすりながら立ち上がった途端、誰かが倒れているのが見えた。
「うわっ!」
 思わず悲鳴をあげた。それが由乃ちゃんの無残な姿だと気づいたのは、そのすぐ後だった。
 血だまりを避けて歩く私の目に入ったのは、握りつぶされた一枚の紙だった。
「……これは……この字は──」
 この筆跡に見覚えがある。そう。薔薇の館で資料を整理していると、いつも見ることができた。だが、その人物が思い浮かばない。江利子か、蓉子か。
 いや、この文面、『蓉子も聖も仲間よ』という書き方からして、江利子の文字に間違いはないだろう。しかし、私と蓉子と江利子はいったい何の仲間だというのか。
 私はその紙をポケットに押し込み、資料室を出た。

 廊下に出ると、私の部屋のバリケードが崩れているのに気づいた。誰かが入ったようだ。
 周囲を警戒しながら廊下を進み、部屋に入った。
「うっ……!」
 床に広がるのは、大量の血と、切り離された片腕だった。すぐ近くに、大降りな斧も置いてある。きっと資料室かどこかにあったのだろう。
 そして、クロゼットから足が見えていた。
 私は部屋から出る。見たくなかった。あの足は、つい数時間前、私の足と絡んでいた──。
「……可南子……」
 私は泣きそうになるのを堪えて、ふらふらと階段を下りる。ああ、志摩子、志摩子。せめて志摩子だけは、無事でいてくれ。

<3日目/???/広間>

 ──階段を下りる音が聞こえる。

 私は、すぐに身を隠した。食堂を通って厨房へ向かう。
 廊下を伺うと、階段を下りてきたのは、あの白薔薇さまだ。

 私は微笑むと、廊下側から近づいていく。

 広間の入り口で固まっている白薔薇さまに、背後から抱きついた。

「おかえりなさい、お姉さま」

 佐藤聖さまの息の飲む音が聞こえた。