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「こんな経験、あるよね?」 by祐巳

「あ、じゃあワリカンでどうかな?」
 祐巳は瞳子に提案をする。
 たまの休日デート。今回は未来の妹でもある、松平家が誇る女優・瞳子がお相手。
 お洒落なカフェ・レストランでの軽い食事を済ませて、支払いの段となった時にこの騒ぎは起こった。どちらも「私が払う」と言うのだ。
 ここで祐巳が未来の姉らしく「そう? だったらお願いしてもいいかしら」なり「いいえ。ここは私に払わせて頂戴」なりスマートに決めればよかったのだ。瞳子だってたまには「祐巳さま、ここは私が支払いますわ」なり「申し訳ありません。ですがこの次は私がご馳走いたします」なり答えればよかったのである。
 だが、そこは「頑張って姉を気取る永遠の妹」と「姉だろうがなんだろうが常にツンツンしている意地っ張り」である。上手く折り合いはつかない。

 二人は場所がテラス席であることも忘れて、伝票を左右から引っ張り合って大声を張り上げている。
「で・す・か・るぁ! 私がここを支払うと言っているではありませんかぁ!!」
「だぁ~~~~~~~めぇ! 私がご馳走します!」
 言うまでもないが、前者が瞳子で後者が祐巳である。
 伝票はピンと張り詰め、今にも真ん中から真っ二つになりかねない。たとえ大岡越前がこの場にいようとも、上手い裁き方は出来ないだろう。
 店員さんはオロオロしているし、周囲の客もじっと二人を見ている。
「別に 祐巳さまに 恩を着せようとか 思っている訳では ありませんからっ!!」
「私だって瞳子ちゃんに恩を着せようだなんて思ってないもんっ!!」
 二人は食事したばかりなのに、既に摂取したカロリーを消費しつつある。
 後にある人は「二人から炎が上がっているのが見えた」と言い、ある人は「思わず警察に電話をしそうになった」と言う。その店の周囲からはネズミが一斉に姿を消し、「あの二人の少女はハーメルンの笛吹きだ」と表現した者もいるとかいないとか。
「とにかく! 私が!!」
「ここは私が!!」
「「ふんぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」」
 と、その時。ついに伝票の強度が限界を超えた。

「「あっ」」
 二人を繋ぐ一枚の紙は真ん中から音を立てて千切れ、祐巳と瞳子は椅子を巻き込んで派手に背中から倒れた。
「だ、大丈夫ですか、祐巳さまっ!!」
「瞳子ちゃん、大丈夫!?」
 同時に起き上がってからの第一声がそれである。

 二枚になってしまった伝票をそれぞれが手に持っている。
 それを受けての発言が、「あ、じゃあワリカンでどうかな?」という祐巳のものだった。
「仕方ありませんわね。こうなってしまった以上は……」
 倒れた椅子を元に戻し、何事もなかったかのようにレジに向かう二人。
 レジにいたのは先程の二人を見守っていた店員であり、彼女も特徴のある髪型をした少女たちが来るのに気付くと、不必要に身体を強張らせてしまった。
「支払いを。二人別々で」
「は、はい」
 二枚の伝票を繋ぎとめ、店員はレジをうつ。
 値段を聞いた二人は、それぞれ財布を開いた。
 瞳子は必要な分の札を小銭を用意し、受け皿に置く。しかし、祐巳は──。

 福沢祐巳の両目は獣のごとく見開かれ、額からはじっとりと汗が浮かび上がる。何かに怯えているかのように歯をカチカチと鳴らし、ただじっと財布の中身を見ていた。
 札が無い。それだけならまだしも、小銭入れの部分がやけに膨らんでいる。
 恐る恐るそれを開けると、まるでラスベガスのカジノでスロットで真っ赤な色のセヴン・リールが揃ったかのように円形の貨幣が溢れかえっていた。シチュエーションがカジノのそれならば一財産築けるが、残念ながらそれらは日本国が発行している硬貨である。
「あ、あ、あの、その」
 まだ瞳子も店員もその悲劇に気付いていない。祐巳はゆっくりとレジに近づき、一枚ずつ硬貨を取り出しはじめる。
「あと八百円、あと八百円……」
 うわごとのように呟きながら、五百円玉を探す。しかしその大きさの硬貨は発見できなかった。続いて百円玉の捜索に取り掛かる。
「八枚、八枚、八枚、八枚、八枚」
 さすがに瞳子も異変に気付く。祐巳のツインテールがだらりと下がり、それはまるで飼い主に叱られた犬の尾のようでもある。
「祐巳さま、あの」
 瞳子の心配そうな声も届かない。
「い、一枚、一枚見つけた。あと七枚、七枚」
「祐巳さま……」
「あ、あの……お客様」
 店員の声すら彼方へと通り過ぎる。
「二枚目、三枚目、ああ違う五十円玉だ。これ、百円だ。あと四枚、四枚」
 どんなに漁ってもそれ以上の百円玉が見つからない。しかし、五十円玉は先程発見したし、十円なら公衆電話で一時間以上の長電話も可能なくらいに揃っている。

 残り四百円をいかに組み合わせるか、祐巳が行動を開始した瞬間だった。
 瞳子は両目を細くして、能面のようにのっぺりとした笑顔を浮かべる。これには店員も青ざめた。次に、最初に用意した代金を財布に戻し、祐巳が準備をした硬貨を鷲掴みにする。ここでようやく祐巳が顔を上げた。
「瞳子ちゃ……ひっ!!」
 瞳子の目が語っている。「貴様は黙ってそこで我の行動を見ていればよいのだ」と。
 鷲掴みにした硬貨を硬直した祐巳の手に握らせ、瞳子は改めて自分の財布を開いた。そして、ある物を取り出して、あまりにも冷徹な声で言ったのだ。

「カードで」

 今回の教訓
『デートの前は、財布の中身を確かめよう』