※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 私は、数年前に悲劇が起きた島に向かっている。
 ただでさえ人の寄り付かない、いわば「穴場」でもあった島は、あの凄惨な事件で更に人の寄り付かない孤島となってしまった。

 私は、今から何をしに行くのだろうか。
 供養か。
 いや、それとも──。

「有馬菜々さん」
 名前を呼ばれて振り返ると、そこには珍しくファインダーを覗かない武嶋蔦子さまがいた。奥には山口真美さまもいる。
「そろそろ、到着するわね」
 無理を言って手配してもらった、小笠原家のクルーザー。私たちはそれに乗り、由乃さまたちが命を落とした島へ向かっている。
 犯人は未だわからず、狂人の犯行ともメンバーの中の誰かが殺害したとも言われているが、真相はわからないままだった。
「そう、ですね」
 会話が無くなる。
 何を話していいのか。
「……あの時、祐巳さんもこんな風に話をしていたのかしらね」
「──どうなんでしょうか」
 蔦子さまも真美さまも、あの時の合宿に誘われていたらしいのだが。
 会話は無いまま、船は島へと進む。

「何かあったら、すぐに無線を使って下さいね」
 クルーザーの舵を取っていたのは、小笠原グループで働いている須藤という女の人で、彼女はクルーザーに残るという。
「三時間もあれば十分です」
「そう。──お嬢様に、よろしくね」
「わかりました」
 真美さまが言葉を交わし、人数分の無線機を受け取る。
「では、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 無言のまま道を進むと、そこには「城」があった。
 内装は当時のまま、けれども外見は荒れ果てている。
「……菜々さん」
 真美さまの声だ。
「入るわよ」
「はい」

 扉を開けて、三人で中に入ったことまでは覚えている。
 けれども、その後からの記憶がない。

「……ん、ここは……」
 見知らぬ部屋。
 広さから言って、ここは恐らく広間だろう。
 蔦子さまも真美さまもいない。私は広間の椅子に座っていたのだ。
「……」
 昔の私ならきっと、不思議な体験をした、と喜んでいたのだろう。
 だが、今の私はただ恐怖を覚えるだけだった。
 震える手で、無線機を作動させる。
「……もしもし、有馬です──」

 時間はさかのぼって、菜々たちがクルーザーを離れてから少し経った頃。
「……?」
 人の気配がする。菜々たちが戻ってきたのだろうか。
 須藤久美子は、くわえていた煙草を灰皿に押し付けて、クルーザーのデッキに出た。しかしそこには菜々たちの姿はない。
「──気のせい、か」
 呟いて振り向いた。その直後に、久美子は信じられないものを見てしまう。
 下着姿の少女が背後に立っていた。精気を感じられない肌、うつむいた顔。久美子は表情を凍りつかせ、その場に座り込んでしまった。
「あ、あ……あなた……」
 数日前に渡された資料にあった少女だ。特徴的な髪型なので、すぐにわかる。
「松平の──」
 少女が顔を上げた。落ち窪んだ目に、白目が無く真っ黒な瞳。縦ロールと呼ばれる髪型をしていた、松平家の娘──。
 久美子が慌てて逃げるより速く、松平瞳子の両手が伸びていた。
「いやっ! いやあっ!!」
 両手を闇雲に振り回す久美子。しかし、少女の手は久美子の首をしっかりとつかんでいた。
「──あなたも、いらっしゃい──」
 少女がそう言った直後、久美子の全身から力が抜けた。

 自力で進んだのか、あるいはそこまで引き摺られてきたのか。
 須藤久美子は、クルーザーの操舵室にいた。濁った瞳と、半開きの口。そして、あらぬ方向に折り曲げられた細い首。死んでいるのは明らかである。
 ケタケタと笑う瞳子は、ぐるぐると操舵室を歩き回っている。
 そこに響いたのは、無線の声。
「──もしもし──」
 瞳子の笑いは消え、しかしべったりと表情に笑みを貼り付けたまま、クルーザーから出て行く。無線の先にいる、生きている人間に向かって。