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「お弓、お弓はおらぬか」
 倖姫が障子を少し開けて、廊下に顔を出して声を上げる。すると音も無く、黒一色の装束の女性が現れた。
「お呼びで」
「おお、お弓!」
 倖姫は嬉しそうにお弓を見て、障子をピシャリと閉めた。
「姫さま。某は影の者。呼び付ければ直ちに参りますが、こうも大声で呼ばれると」
「お弓は、わらわに呼ばれるのが嫌か?」
「……いえ」
「ならばよいであろ? さ、お弓。今日はどんな面白い話をしてくれるのじゃ?」
 お弓は、苦笑いを浮かべてため息をつき、無邪気に微笑む倖姫を見て、言った。
「ならば、不思議な話をしましょう。ずっと、ずっと先の世の話を──」

「へぇ、随分と不思議な夢を見たものね」
「それが、夢じゃない気がするのよ」
 祥子は箸を置いた。食欲がないようである。
「その玉子焼き貰っていい?」
「いいわよ。好きなだけ食べてちょうだい」
 令に弁当箱を渡して、うつむいてしまう。
「……実はね、祥子」
「……なに?」
「私も、変な夢を見てるんだ」

「……と思ったのですが」
「なんじゃ?」
「姫さまはどこかにお隠れになった方がよいかと」
「え?」
 お弓は倖姫を抱えて、天井裏に隠れた。
「お召し物が汚れますが、ご容赦を」
「よいよい。わくわくするのぅ」
 天板の隙間から部屋を見ていると、声と足音が近づいてきた。
「姫さま! 剣の稽古の時間ですよ!」
「なんと。麗蘭じゃ」
「彼女は気配を隠すのが下手ですから」
 異国の剣士・麗蘭が部屋に入ってくる。
「麗蘭は好きじゃが、稽古は嫌じゃ」
「まーた逃げられた……。お弓、お弓は?」
 お弓は倖姫に片目をつむって合図をし、
「ここに」
 倖姫を天井裏に残して、お弓は部屋に下りる。
 なんだかんだと麗蘭を言いくるめて、見事部屋から追い返した。

「もぅね、すっごく令ちゃんがかっこいいの!」
「へぇ。これあげる」
 祐巳は自分のラーメンから美味しそうなチャーシューを一枚つまんで由乃さんのラーメンに乗せて言った。
「なによこれ」
「お祝い」
「ありがと」
 麺食堂でラーメンをすすっていた二人は、昨日見た夢の話で盛り上がっていた。
 なんでも、江戸時代かそこらへんの時代背景で、令さまがやけにかっこいい異国の剣士さまだったらしい。
「私もなんか変わった夢見てたんだけど。覚えてないのよね」
「残念」
「私がテキパキしてたというか、なんというか」
「あ、それはないわ」
「ちょっと、由乃さん」
「はい」
「なにこれ」
「慰め」
「ありがと」
 祐巳のチャーシューが帰ってきた。

「遥か先の未来でも、わらわはお弓と一緒がよいのう」
「……某もです」
「わらわは自立しているのかのう。父上や母上の栄光を受けずとも、立派に生きていけるかのう」
「おそらくは」
「……お弓」
「はい」
「伴天連から贈られたものじゃ。これをお弓にやろう」
「これは」
「るざりおとか言うやつでの。首から提げておくものじゃ」
「よろしいのですか」
「これが、わらわとお弓を繋ぐ絆じゃ」
「姫さま……」
 月明かりの下、少しおてんばな姫と表情豊かな忍が、絆を深めた。

「……詳細を聞いた私が馬鹿だった」
 令は天井を仰いだ。祥子は笑顔で話を続ける。
「もうね、胸がいっぱいでご飯も喉を通らないのよ♪ ああ、きっとあれは祐巳なんだわ! 前世かしら? ねぇ、令?」
「知らないよ、そうなんじゃない?」
「そうよねぇ、私と祐巳ったら、前世でも一緒だったなんて♪」
「……助けて、由乃ぉ……」
 異国の剣士の生まれ変わりは、随分とヘタれた声を上げた。