支倉令は、城を出る前の事を思い出していた。
「援軍、ですか」
「そう。行きたいのでしょう? 令は」
 フェティダ自由国の女王・鳥居江利子は玉座から立ち上がった。
 ふわり。江利子は階段を飛び降り、令の前に着地する。令は目を見開き、江利子を見た。
「どうなの?」
「……行きたいです」
「祥子のため?」
「あちらの女王は関係ないです」
「嘘おっしゃい。祥子が心配なんでしょ?」
 江利子は令の頬に両手で触れ、微笑んだ。
 令の瞳に、涙が溜まっていく。それは零れて、江利子の手に流れる。
「心配です。祥子も、祐巳ちゃんも、みんな、みんな」
「じゃあやっぱり行くしかないわね」
「でも、この国の騎士団は数が少ないです」
「精鋭を集めたものね」
「ここを守らない訳には行きません! 部隊を分けると、とてもじゃないけど、向こうの手助けも……」
「じゃあ簡単。ここを守らなければいいのよ」
「……な、何を」
「令は、全部隊を率いて、加勢に行きなさい」
「じゃ、じゃあこの国は! お姉さまは!!」
 うろたえる令に向かって、江利子は、不敵な笑顔でこう言ったのだ。
「私の国が、落ちるわけないでしょ」

 どこから来るかわからないその自信を、令は信じてしまったのだ。

 黒い群れがどんどん崩れていく。
 屍が、草原に積み重なる。
 味方も、敵も、倒れていく。
 でも、令はまだ生きている。
 江利子を守る為。
 みんなを守る為。
 そして。

「いってらっしゃい。令ちゃん」
「いってきます。由乃」

「ぅおあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」

 愛する少女の笑顔を、守る為。

「可南子さんっ!」
 松平瞳子が駆け寄る。細川可南子は、自分の剣にもたれかかるようにして立っていた。
「て、敵は……」
「もういませんわ! ほら!」
 可南子は瞳子の指さした方を見た。
 黒い群れが、去っていく。あきらかなる敗走。勝利は、リリアンのものだった。
「令さまが助けに来てくれましたから、もう大丈夫ですわ!」
「……そうね。もう……大丈夫ね」
 疲れ果てた笑顔を浮かべて、可南子はゆっくりと倒れた。
「可南子さんっ!!」
 悲鳴に近い声を上げて、瞳子が可南子を見る。が……。
「……眠ってる。生きてる……」
 気が付いたら、涙を流していた。

 自分は生きている。
 可南子も生きている。
 リリアンも守れた。

 振り向くと、令がいた。
「令さま」
「私は、帰ります」
「え、でも」
「兵士を全員連れてきてしまった。戻らないと、国を守る兵がいない」
 笑いながら言う令につられて、瞳子も笑った。
「そういうことでしたら、お気をつけて」
「そちらも」
『剣聖』支倉令は来たときと同じように、颯爽と戦場から去っていった。

 可南子の部隊の兵士も、瞳子の部隊の兵士も、みんな座り込んでいる。
 向こうから、本隊がやってくる。

(戦場に散った人々の供養は、悪いけれど任せてしまおう)
(可南子さんが起きるまで、そばにいよう)

 瞳子は可南子の髪に触れながら、そう思っていた。

 ──今夜のワインは、美味しそうだ。

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最終更新:2007年12月31日 22:33