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 ──それは、放課後のとある一室での出来事。

「私の神様がそう告げるのよ」
 令の指先が、白色の表面を撫ぜる。
 志摩子はその指の動きを目で追いながら、小さく口を開いた。
「聞こえないよ。もう一度」
 今度は乱暴に、指先に力を込める。
「──あっ、令さま」
「なに?」
「そんな……乱暴に……」
 志摩子の表情を見て、令は微笑んだ。
「志摩子は可愛いね」
「えっ」
「可愛いって言ったのよ」
「そんな──嘘です」
 志摩子は身体を強張らせた。令が再び乱暴にしたのだ。
「──見て、志摩子。私が、映ってる」
「ここからでは……見えません」
「じゃあ、もっと近づけばいい」
 令が強く引っ張ったので、志摩子は慌てて身体を前に出した。
「おっと」
 ふわり。
 令の手の中に白薔薇が。
「いい香り」
「令さま」
「なに」
「あの……床が」
「ん? ああ、床がびしょびしょだ」
 足元は濡れていた。思った以上に流れ出たんだな、と令は思った。

 砕け散ってしまった器は、もう元には戻らない。
「じゃあ、綺麗にしようか」
 令は優しく、指先を動かす。
 白。白。時折、黒。
 指が動くたび、とても心地よい音が奏でられていく。

 その時、部屋の入り口に立っていたのは、
「……由乃さん」
「そう。私の神様」
 志摩子は慌てて立ち上がり、令は笑顔を浮かべたままだ。
「──令、ちゃん?」
「由乃もおいで。一緒に、さぁ」
「駄目、由乃さん、こないで」
「令ちゃん、また……」
「うん、やっちゃった」
 悪びれもせず、令は微笑んで言った。
 指をそっと伸ばす。白い、まるで大理石のようなそれを撫ぜていた指を。
「志摩子さん」
「……はい」
「ごめんね」
「いえ、いいのよ。令さまの曲、私も好きだし」
「でもたまにおかしくなっちゃうのよね」
 由乃は歩み寄る。
「あっ、そんなに」
「いいのよ。花瓶、割れちゃったね」
 床に散らばる花瓶のかけら。中に入っていた水は全て床に広がり、それは 令の足元にも届いていた。
 中に入っていた白薔薇は、令が左手に持っていた。その右手はせわしなく鍵盤を叩いている。
「ちょっと令ちゃん、手伝ってよ」
「え?」
「え、じゃないわよ、全く。ねぇ志摩子さん、なんで花瓶割れちゃったの?」
「令さまが、急にピアノを動かしたの」
「なんでそんなことするのよ、令ちゃん」
「だって由乃、手入れが凄い丁寧で、私の顔が映るんだよ、ほら」
「手入れが丁寧でも、令ちゃんが乱暴にしたら意味ないでしょうが!」
 由乃は一番低いオクターヴを強く押した。志摩子は身体を強張らせる。
「あ、ごめん……志摩子さん」
「折角、上手く弾けていたのに」
「いいから、令ちゃんも手伝う!」
「はーい」

 ──これは、放課後の音楽室での、出来事。