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 その日、由乃はテレビに釘づけだった。
「あははっ!」
 大好きなお笑いタレントが出ている番組が多くて、テレビの前から離れられずにいたのだ。
 そこにやってきたのは、最愛の相手、令。片手にクッキーを持っている。
「由乃、クッキー焼いたよ」
 令の頭の中では、素敵な光景が展開されていた。

「わぁっ、ありがとう令ちゃん!」
「こらこら、そんなにがっつかなくても、まだあるってば」
「だって美味しいんだもん」
「あ、由乃。口の周りに、クッキーが付いちゃってるよ」
「えー、本当?」
「私が取ってあげるよ。……唇で……ね」
「うん……。お願い、令ちゃん……」

 以上、令ちゃん脳内スプリングフェスティバルの模様でした。
 しかし、現実は厳しくて。
「ん。そこ置いといて」
 由乃は一瞥をくれることもなく、テレビを見たまま。令は小さくため息をつきつつ、テーブルにクッキーの入った容器を置き、自分も座った。
 由乃は手探りでクッキーを掴むと、笑いながらボリボリを貪り食らう。
「……由乃。行儀が悪いよ」
「令ちゃん、うるさい」
 再びため息。令は自分の焼き上げたクッキーを一枚、優しくかじる。
(今日は、久々に会心の出来なのになぁ……。由乃ってば、テレビに夢中だよ……)
 三度目のため息。
(あと半分は、明日学校に持っていこう。祐巳ちゃんならきっと、笑顔で食べてくれるだろうし)
 ちら、と従妹の顔を見る。その横顔は笑顔だが、テレビの中のタレントに向けられた笑顔である。
(……うう、私は、由乃のために焼いたのに……)
 四度目のため息は、心の中でついた。
(あー、なんか、泣きそう……)
 そう思った瞬間、令の目頭がかっと熱くなった。
 慌てて立ち上がると、
「ちょっと急用思い出したから、帰るね」
「ん」
 令は涙がこぼれないうちに部屋を出ようとしたのだが、それを呼び止めたのは、由乃の声だった。
「令ちゃん」
 振り向けない。振り向いたらきっと、流れだした涙を由乃に見られてしまうから。
「……なに?」
「どこかに行くなら、気を付けてね」
「……うん」
「それと、クッキーありがとう。なんだか、いつもより美味しい気がする」
「き、今日は、いつもよりいい出来だったんだ」
「祐巳さんたちにも食べさせたいな」
「……ま、まだあるから! 明日、持っていくよ!」
「うん。……呼び止めてごめんね。いってらっしゃい、令ちゃん」
 令は、少しだけ、顔だけで振り返った。
 由乃の笑顔は、令に向けられていた。
「……うん、行ってきます」

 島津家から自分の部屋に戻ってから、令は頭を抱えた。
「あー、小さい自分がだいっ嫌い!!」

 令が部屋に戻った頃、由乃はテレビを見つめていた。画面には、反転した自分の顔。電源はとうに切ってある。
(令ちゃんは、自分で気付いてないのよね。あんなに声のトーンが変われば、たとえ祐巳さんだって気付くわよ)
 天の邪鬼な由乃は、大好きな姉がいなくなってから、そんなことを思うのだった。
「後で、謝ろうっと」
 令ちゃんが『どこかに出かけて帰ってくる』辺りに、お部屋に行こう。
 由乃はそう思い、クッキーをかじった。細かい粉と一緒に、愛情が溢れた気がした。