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 私の名前は、篠原朱美。演劇部三年にして、この学園の『探偵』なんてやっている。
 人は私をこう呼ぶのだ。『シスター探偵』と。


【シスター探偵・朱美】
【第一話、ホームズとワトスン】


 いつものように、演劇部の部室で次回公演の脚本を書いていた私に、お客が訪ねてきた。
「ごきげんよう、朱薔薇さま」
 演劇部一年、松平瞳子さん。名家のお嬢様であり、将来有望な女優の卵でもある。彼女は私を『朱薔薇さま』と呼んだ。
「ごきげんよう、瞳子さん。私をそう呼ぶということは、『探偵』としての私に用があるのね?」
「はい。お話を聞いてくださいますか?」
「伺うわ」

 瞳子さんが持ってきた『事件』は、薔薇の館で起こった盗難騒ぎだった。
 姉である紅薔薇のつぼみ、福沢祐巳さんと二人きりで書類整理をしていたとき、一階から物音が聞こえたという。
 二人でそれを見に行くと、物置の中のパイプ椅子が倒れていた。椅子を元の位置に戻してから二階へと上がると、机の上にあったはずの書類が消えていた。
 これが事件の内容だった。
「ふむ。他に変わったことは?」
「一階の物置なのですが、閉まっていたはずの窓が開いていました。それに、私とお姉さまが物置にいたとき、誰かが二階に上がった気配が」
「階段を上がる足音は?」
「椅子や段ボール箱を整理していたので、物音に紛れてしまったかも知れません」
「二階の変化は、書類以外は?」
「それは私にはわかりませんでした」
「その日は、貴方と祐巳さん以外に誰かいた?」
「いえ。他の方は皆部活や委員会で、その日は私たちだけでした」
 頭の中で、状況を箇条書きにし、組み替えていく。瞳子さんはじっと私の顔を見ていた。
「……じゃあ、その前日は?」
「前日、ですか」
「ええ」
「えっと……、テニス部の桂さまに、私と同じクラスの可南子さん、あとは新聞部の三奈子さまがいらっしゃいました」
「……ふむ。じゃあ、最後にひとつ。倒れていた椅子に、何か絡み付いていなかった?」
「……セロテープが、貼ってありましたが」
 私は指を鳴らした。そして立ち上がる。
「あ、あの、朱美さま?」
「書類を取り戻してくるから、待っててちょうだい」
 私はそう言って、部室を出た。
 向かう場所は、クラブハウスである。

「ごきげんよう。演劇部です」
 私はドアをノックして、そう名乗った。少しして、中からドアが開く。その人物は私の顔を見ると、表情が強ばった。
「ごきげんよう、三奈子」
「……ごきげんよう、朱美……」
 私の親友、築山三奈子。新聞部の部長で、かつてのリリアンかわら版編集長である。
「他の部員は?」
「今日はいないわ」
「都合がいいわ。入っても?」
「……どうぞ」
 新聞部の部室は薄暗く、編集用のデスクにだけ、小さなライトが灯っている。
「ねぇ三奈子。貴方って、釣りとかしたかしら?」
「しないわよ。それが何か?」
「いや、テグスか何かないかな、と思ってね」
 三奈子は眉間にしわを寄せた。
「……いくらスクープを狙うからって、窃盗はよくないわよ、三奈子」
「……朱美」
「家から持ってきたのかどうか知らないけど、テグスをテープで固定したのはいい手だったわ。ただ、テープが残ったのは痛かったわね。次からは、引くだけで簡単に解ける結び方をマスターすることね」
 三奈子は黙ったまま、私を見ている。
「二人を誘導したのはよかったけど、ずいぶんと大胆に動くじゃないの。背後を通って堂々と二階に行くなんてね。それに、どうせ机の下にずっといたんでしょ?」
「……朱美。私の負けよ」
「じゃあ、書類を返して。未来の大女優が待ってるんだ」
 三奈子は、クリアファイルごと書類を渡してきた。やはり三奈子の目的は、書類ではなかったようだ。
「……朱美に勝てた試しがないわね」
「他人を巻き込まないで、私に勝負しなさいよ。祐巳さんだって困ってると思うわ」
「……時間がないのよ。もうすぐ卒業。そうしたら、朱美に勝負を挑めなくなってしまうわ」
「……貴方も、一緒にくる?」
「イギリスに? 御免だわ」
「私にはワトスンが必要なんだけどな。ホームズだけじゃ限界があるわよ」
「ヘイスティングスでも誰でも探せばいいわ」
「ヘイスティングスはポアロよ、三奈子」
「私は無理。ワトスンにはなれないわよ。朱美にはもっといいパートナーが見つかるわ」
「……じゃあ、三奈子は私の永遠のライバルになればいいわ」
 私は三奈子の肩を軽く叩いて、ごきげんよう、と言って、新聞部を後にした。
 あんな悲痛な顔をしなくてもいいのに。今すぐにでもイギリスに行くわけじゃないんだから。……また明日、ここで会えるんだから。

「はい、瞳子さん」
「ありがとうございます」
「犯人は聞かないであげて。反省してるみたいだし」
「はい、朱美さま」
「……ところで瞳子さん。次の公演の台本なんだけど」
「はい」
「簡単なミステリなんてどうかしら」
「朱美さまが書くミステリは、本格すぎですよ」
「そうかしら? 結構ライトな感じで行くわよ。当然、主役はホームズね」
「ホームズだとガチガチの本格じゃないですか?」
「そんなことないわよ。だって……」
「だって?」
「ホームズが、モリアーティ教授と親友なんだよ?」