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 ──あと一時間で、日付は変わって私の誕生日になる。
 だが。
 あと一時間で、この世界は滅亡する。

 なんでも隕石が接近して、高確率で地球に激突するという。直撃はしなくても、四散した欠片(といってもかなりの大きさだ)が世界中に降り注ぐらしい。
 重いパンチを一撃食らうか、細かく何発も食らうかの違いで、どっちにしろ地球は大打撃を受けるというわけだ。

 二十歳を目の前にして、私は死んでしまう、ということだ。

 隕石がどうとかがわかったのは数ヶ月前だが、その時は誰もが楽観視していた。NASAだって軌道の変化なんて察知してなかったんだ。
 隕石に隕石が激突して、接近するだけの隕石は恐怖の大王となって地球を破壊しにやってきたのだ。
 正直言って最悪だ。神様がいるなら、私は死んでも絶対に天国なんか行ってやるものか。神様になんて会いたくない。天使のお迎えなんてごめんだ。

 私は、机の引き出しからついに渡すことのなかった手紙を取り出した。
 片想いの相手。高校の時の、同じクラスの委員長。
 短く切りそろえた髪が、お洒落なデザインの眼鏡が、よく通ったあの声が、私の頭の中をよぎっては消えていく。

 お気に入りのラジオ番組はやっていない。電波がおかしくなって、受信ができない。どうせ受信できても、混乱していて番組もやっていないだろうが。

 電話だって通じないに決まっている。
 最期くらい、あの人の声を聞いてから死にたかった。

 二十歳になったら、やりたいことが沢山あった。
 お酒だって飲みたいし、煙草も吸ってみたい。

 ……どうせ死ぬなら、やってから死ぬかな。
 私は部屋を出て、リビングに向かった。
 お母さんは呆けた顔でテレビを見ている。チャンネルをひっきりなしに変えているが、どこに変えても砂嵐だ。
 お父さんはそんなお母さんを悲しそうに見つめていた。私はお父さんの隣に座る。
「ねぇ、お父さん」
「……ん?」
 なんだか、この数日で一気に老けた気がする。
「お父さんの煙草ちょうだい」
「……そうか。明日は二十歳の誕生日だもんな」
「うん。ちょっと早いけど、いいでしょ」
「そうだな。どうせならビールでも飲むか?」
「そのつもりで来た」
 お父さんは困ったような笑顔を浮かべて、ソファから立ち上がり、キッチンに歩いていった。
「お母さん」
「……」
「お母さんってば」
「……あ、あら、いたの」
「いたよ。ねぇ、一緒にお酒飲もうよ」
「だってあなた、まだ」
 お母さんはそこまで言って、ハッとした表情になった。
「……もうすぐ、二十歳になるのね」
「そうだよ。もうお酒も煙草も解禁だよ」
 私がそう言うと、ビールを抱えたお父さんが帰ってきた。
「そうだそうだ。お祝いをしようじゃないか」
「あなた……」
「おまえも飲むだろ?」
「……ええ、そうね。いただきます」

「うぇっ、よくこんなもの吸えるね」
 お父さんの煙草をちょっと吸って、私はそんな感想を漏らした。
「吸いなれたら美味く感じるんだよ。風呂上りとかは最高だぞ」
 確かにお父さんは美味しそうに煙草を吸うけど、やっぱり私には合わないみたい。
「ごめん。煙草は私には無理だわ」
「無理に吸うことはないわよ」
「そうだそうだ。最初から美味いわけでもないしな」
 お父さんは缶のままビールをあおった。喉を鳴らして美味しそうに飲んでいく。私もそれを真似してみたが、思いっきりむせてしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「お酒もまだ早いみたいね」
 お母さんが笑う。お父さんも笑う。私もつられて笑う。

「……あら、月が綺麗」
 お母さんが庭に立ってそう言った。
「あれは月じゃなく、隕石じゃないかな」
「真っ赤な月というのもいいじゃないか」
「そういうことにしときましょうか」
「生意気言うなぁ。大人気取りか?」
「もう二十歳だもーん」
 私もお父さんも庭に出て、空を見上げた。

 真夜中なのに、まるで夜明けみたいに明るくて。
 空に浮かぶそれは真っ赤に染まっていて。

「これで何にもなかったら、大笑いだよね」
「そうよね」
「あ、そうしたら私、法律違反だよ」
「誰も見ちゃいないさ。父さんと母さんと、お前だけの秘密だ」
「そうよ。一時間くらい早くたって、誰も文句は言わないわ」

 空を見たまま、私たちは笑った。
 お父さんはお母さんの肩を抱いていた。
 私はお父さんの手を握っていた。
 お母さんは肩に回されたお父さんの手に自分の手を重ねていた。

「最期に、言っておくか」
「そうね」
 お父さんとお母さんが、声を揃えて言った。
「お誕生日おめでとう」

 ──ありがとう、は言えなかった。
 私たちの意識は粉々に消し飛び、言葉も、身体も、なにもかも──。

 全てが消える前に見えた光景は、笑顔の両親と、視界の隅で、十二時を指した時計の針だった。