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 ――事件は、試合中に起きた。
 村上千春の攻撃を食らったミシェール滝。滝はそのまま跳ねとばされたが、勢いがつきすぎていた。
 結果、リングから滝は落下し、頭を打って気絶。他の選手の試合中に、病院に運ばれたのだった。


【LoveHoliX】第1話
 ―DAY DREAM―


「滝が起きたって本当か!?」
 村上千春は、双子の妹である村上千秋の肩をつかんで激しく揺さ振る。
 あれから一週間。ミシェール滝こと滝翔子は眠ったままだった。千春はずっとそれを気にしており、練習にも身が入らずにいた。
「お、落ち着けよ姉貴」
「こうしちゃいられねぇな。顔突き合わせて謝んねえと」
「え」
「待ってろよ滝ぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ま、待て姉貴! 行くな!!」
 部屋を飛び出した千春に、千秋の声は届かなかった。

 病院はわかっていた。普段から何かあると運ばれる病院で、何でも院長と家族がラブホリックのファンらしい。何度もお世話になっていたが、今回は一番迷惑をかけたかも知れない。
 病室を調べて向かうと、部屋の前に社長秘書の井上霧子がいた。千春に気付くと、疲れた笑顔を浮かべる。
「霧子さん、滝は?」
「中にいるわよ。でも」
「顔合わせても大丈夫ですか?」
「それは……」
 困ったように眉をひそめた霧子。千春はとにかく翔子に謝りたくて仕方がなかったのだ。
「――失礼します!」
 霧子の返事を待たずに、千春は病室のドアを開けた。

 広めの個室で、入って右奥に、ベッドがある。そこに、翔子がいた。最初は窓の外を見ていたが、千春に気付くと、顔を向けた。
「滝、ごめんな! あたし力入れすぎて、同期のお前と戦えるの嬉しくて、だから!」
 千春はベッドに駆け寄り、翔子の手を取ってそう告げた。しかし、翔子は何も言わない。
「怒ってんのか? そうだよな、怒るよな。あたしのこと殴ってくれよ。気が済むまで、だから」
「あの」
 翔子が口を開いた。千春は動きを止める。
「すみませんが、どちら様でしょうか?」

 病室前の廊下。長椅子に、千春は座っていた。千春を挟むように霧子と、追い掛けてきた千秋がいる。
「一時的な記憶喪失らしいわ。団体のことも、その前のことも思い出せないみたい」
「大丈夫だよ、姉貴。あたし達が思い出させてやろうぜ」
「そうよ。何かきっかけがあれば、記憶は戻るらしいわよ」
「だから姉貴、泣くなって。……な?」
 千春はずっとうつむき、両手で顔を覆ったままだった。嗚咽は病室から出てきたときから続いている。
「……滝、ごめんな、滝……」
 ずっとそれを繰り返しながら。

 村上千春と村上千秋がラブホリックに入ったのは四年前。二人は高校卒業と同時だったので、十八歳だった。
 同期選手は滝翔子。まだリングネームはミシェールではなかった。こちらは数年某歌劇団で舞台に立っていたため、年齢は村上姉妹より上の二十三歳だった。
 年上とはいえ、同期だから。と翔子は言い、村上姉妹とは友達のように接した。翔子は二人を名前で呼び、二人は翔子を名字で呼んでいた。
 それから四年。二人は団体でも人気レスラーとなっていた。双子ヒール姉妹と、華麗な振る舞いの美女。どちらも女性のファンが多かった。
 翔子は途中からリングネームを『ミシェール滝』に変え、より華麗さを増していった。
 しかし、これまで一度も二人は戦っていなかった。村上姉妹がタッグだからということもあるが、これは組み合わせの妙としか言いようが無い。運が悪いときは、どちらかが怪我で休業だったりもした。
 そんな時、ついにマッチングされたのが、村上千春vsミシェール滝だった。話では、翔子がそう申し出たらしい。翔子は「向こうはタッグでも構いません」と言ったらしいが、霧子がそれを説得したのだ。
 そして行われた試合中、翔子は――。

 霧子は仕事があるので帰ったが、千春と千秋はまだ病院にいた。
 千春は泣き疲れたのか、千秋の肩に頭を預けて寝息をたてている。
 その時、目の前のドアが開いた。千秋が顔をあげると、翔子が立っていた。
「……千秋さん、でしたよね」
「……はい」
「なんだか、少しずつなんですが、思い出してきた気がするんです。お二人と私、とても仲が良かった気がするんです……」
 千秋の目に、涙が浮かびそうになった。鼻の奥が痺れる。
「そう、だよ。あたしらと滝は、同期なんだ」
 すると、翔子はにっこりと笑って言った。
「私、時間がかかっても、全て思い出して見せますから。だから、今の私とも仲良くしてくださいね?」

 翔子が病室に戻って数分。千春が目覚めたので、翔子に挨拶して帰ることにした。
 目の前を歩く双子の姉の背中を見ながら、千秋は思った。

 ――姉貴が、滝のこと好きなのは知ってるよ。友達としてじゃなく、片想いだってのも知ってる。
 でも、ごめんな、姉貴。なんだかあたしも、滝のこと、好きみたいだ。