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「わぁっ、雪だよ、岩下さん!」

 倉田恵美は、窓越しにちらつく白い物を見て、歓声をあげた。
 ここは岩下明美の部屋。親が法事で家を空けたというのを聞き付けた恵美が、無理矢理押し掛けたのだ。
 明美は相変わらずの笑顔を浮かべたまま、料理を恵美の為に作った。シチューは美味しかったのだが、最後まで何の肉だったのか教えてくれなかった。
 同じベッドで眠り、ゆるゆると目覚めた恵美が雪に気付いたのである。
 明美もベッドから出ると、背後から恵美を抱くようにして身体を密着させる。胸の感触が恵美に伝わる。
 恵美が恥ずかしがって何かを言おうとした時、先に明美が口を開いた。
「――ねぇ倉田さん。こんな話を知っているかしら。雪の日に起こった話を――」
 まるで、いつぞやの会合の時のように、明美は語りだしたのだ。


   *


 私たちの通う学校の裏門に、壊れて点かない街灯があるのは知っているかしら?
 ええ。裏門の正面。電信柱に付けられた、あの街灯。実はあれ、壊れてはいないのよ。電力会社の人が何度も点検しているのだけど、何も異状が無いのに決して明かりが点かないの。
 やっぱり壊れているんじゃないかって? いいえ。あの街灯はきちんと明かりが点くのよ。
 今日のように雪が降る日の、明け方にね。

 何年も前に、高山先生という方がいたの。彼は非常勤で、主に数学を担当していたわ。
 一人暮らしで、浮いた噂もない。その当時、よく宿直を引き受けていたわ。もちろん自分からよ。家にいても何もすることがないから、なんて理由だったんだけれども。

 こんな冬の日も、高山先生は宿直を引き受けていた。珍しく雪が降り、しんしんと積もっていく。
 高山先生は寒さで目覚め、雪に気付いたの。東北生まれの先生は、久しぶりに見た雪に気分が高まり、ジャケットを着て外に出たわ。
 まだ誰の足跡もない。そんな真っ白い部分に足跡をつけていく。白い息を吐きながら、子供みたいに先生ははしゃいだわ。
 しばらくすると、さすがに積雪の多さに戸惑いだした。首都圏でこんなに積もってしまっては、交通機関だってマヒしてしまうだろう。通学してくる生徒も大変だ。そう思って、先生は裏門の近くにある物置に向かったわ。スコップで雪掻きをしようと考えたのね。
 裏門に近づくと、例の街灯の下に、誰かがいたのを見つけた。
 倉田さん、それは誰だったと思うかしら?

 ……そう。そこには女生徒がいたの。彼女はコートも着ずに、頭や肩に雪をたくさん積もらせていた。
 先生は彼女に気付き、声をかけた。
「おい、君! そんなとこで何をしているんだ?」
 彼女は先生の声に反応して、身体を動かした。雪が少し落ちたけれど、すぐにまた積もっていく。
 ……その時に気付くべきだったのにね。そこの街灯が点滅していたことに。
 だけれど、先生は特に気にしていなかった。それよりも、目の前の女生徒が心配でならなかったの。
 熱心な先生だったのね。今の世なら珍しい存在だわ。こんな先生がいれば、現代の教育現場も少しはよくなると思うのにね。

 高山先生は門を開けて、その女生徒に再び声をかけたわ。
「寒いだろう、中に入りなさい」
 でも、彼女は動こうとしなかった。手や肩は少しだけ動くけど、顔は上げようとしない。
 先生は彼女に近づいた。道路も車が通った跡は無く、足跡は今先生がつけていくものしかなかった。
「君、大丈夫かい? なんでまた、こんなになるまで……」
 先生がそう言った時、女生徒が動いたの。どう動いたと思う?

 倉田さんの言った通りよ。彼女は顔を上げたの。ゆっくりと上げられた顔は真っ白で、まるで凍り付いているようにも見えたわ。
 先生は一瞬驚いたけれど、態度には出さなかった。頭や肩の雪を手で払いながら、
「寒いだろう、ほら、校舎に入りなさい。お茶を煎れて上げるから……」
 手を取ろうとした時、彼女の手がいきなり、先生の腕を掴んだ。両腕を掴むその力は強く、痛みさえも感じる。
「そんなに強く握らなくても……」
 そこでようやく先生は気付いたのよ。彼女が呼吸をしていないことに。
 だって雪が積もるくらいに寒いんだもの。吐く息は白くなって当然だわ。けれども、彼女の口からはそれは見られなかった。
 しかし、死んではいない。だって、彼女の両手は先生の腕を掴んで放さないのだから。
 頭上の街灯はチカチカと点滅を繰り返す。雪は目の前を遮るように降り続ける。時折、彼女の顔が笑っているように見えたわ。
 先生は怖くなった。目の前にいる、雪にまみれた無表情な女生徒のことが、化け物か何かに感じたのよ。
 力任せにその腕を振り払い、先生は校舎に向かって逃げようとした。

 その瞬間だったわ。先生の身体に何かがぶつかってきた。
 それは、その女生徒だったの。体当たりではなく、先生に向かって前のめりに倒れたのよ。
 バランスを崩した先生は、雪の中に倒れたわ。下半身に伝わる、冷たい感触。慌てて立ち上がろうとしたした時、先生は見てしまった。
 何をって? ……女生徒の背中には、大振りなナイフが突き立てられていたのよ。制服は破れて、真っ白な肌が露出していたわ。そして、凝固した血液もね。
 先生は叫び声を上げながら、必死に立ち上がって校舎に駆け込んだわ。宿直室に戻って、警察に電話をした。そして、嫌ではあったけど、あの女生徒の遺体の場所まで戻ろうとした。
 ……振り向いた先生の表情が凍り付いたわ。だってそこには、その女生徒がいたんだもの。

 ……え? 先生はその後どうしたかって?
 高山先生は、宿直室で発見されたわ。遺体で、ね。
 警察の人が裏門に行っても、死体らしきものはどこにもない。だから、宿直室に向かったのよ。
 足跡は真っすぐ、校舎に向かっていた。警官は裏門に近い入り口に向かうと、明かりが漏れている部屋を見つけたの。そこは宿直室だったわ。
 ――床に仰向けに倒れていた高山先生の口には、雪が押し込まれていたわ。窓が開けられていて、雪が室内に吹き込んでいた。
 そして、先生の胸には、刺し傷があったのよ。何度も刺されていたけれど、凶器はどこからも見つからなかった……。


   *


「そんな事件があってから、あそこの街灯はある一日を除いて点かなくなったのよ」
 明美は囁くように言った。
「それは、二月三日……」
「き、今日じゃないですか……」
 恵美は密着されたままの態勢で明美に返した。息は白いが、ずっと抱きつかれていた為に、身体は寒くない。
「――今から、確かめに行ってみる?」
 明美が、恵美の首筋に唇を落とした。
「――っ!! え、遠慮します!!」
「うふふ、だったら二度寝でもしましょうか。今日は休日、それにまだ早いわ。予定もないのだから、ゆっくり寝ましょう?」
 すっ、と恵美から離れた明美は、ベッドに戻って毛布をめくった。恵美に、隣に寝なさい、と言っているのだ。
 恵美は自分の顔が真っ赤なのを自覚しながら、明美の隣に潜り込んだ。
(……そりゃあ、一方的にアタックしてたけど、キスとかされたのは初めてだもんなぁ……)
「おやすみなさい、恵美さん」
 明美は微笑みを浮かべたまま、目を閉じた。恵美も、明美の顔を見ながら、ゆっくりと意識が闇に溶けていくのを感じていた。

 明美が話をしている間、一度も白い息を吐かなかったことに気付かないまま、恵美は眠りに落ちた。