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身が持たない濃厚な逆さまデー」(2007/12/31 (月) 22:40:36) の最新版変更点

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<前日> 「あら、そういえば明日なのね」  志摩子がカレンダーを見ながら呟いた。祐巳と由乃は「何の話?」と書類から顔を上げる。 「逆様の日よ」 「あれ、なんだっけ、それ」聖がのんびりと言う。すると、蓉子が答えた。 「今年から決まったのよ。毎年8月の第3月曜日は、逆様の日」 「だから、どんな日なのよ」 「呆れた……。斜めの日は覚えてる?」 「ああ、こんっなに斜めになる日でしょ?」  聖は右腕を斜めに突き出した。  斜めの日は7月の第3月曜日。とにかく、斜めになる日なのだ。 「だから、逆様の日は?」 「逆様だ」 「ご名答。……でもきっと授業あるのよね」珍しく、蓉子がため息をつく。 「そんな日くらい、休みたいわ」  江利子の言葉に頷きながら、みんなは口々に色々なことを言う。  ──しかし、この場にいる全員が、逆様の日を甘く見ていた。 <-02:21>  逆様の日。いつものように登校して、いつものように授業を受け、いつものように薔薇の館に集まっていた山百合会幹部の面々は、いつ始まるかわからない逆様の日に恐怖を感じていた。 「絶対外出禁止にしたほうがよかったのにぃ」 「でも、だいたい一時間程度だと聞いたわよ」  由乃と志摩子はそう話しながら、逆様になっては困る物を、テープで固定していた。カップなどの割れてしまう物は戸棚に仕舞い、動かないように固定している。 「下手に下校するのもアレだしね」 「ねぇ、まだ江利子が来ないんだけど」聖が言う。 「ええっ? しょうがないわねぇ……」呆れたように蓉子が言った。 「お姉さま、あそこに!」  祥子の声を聞き、蓉子と聖が窓際に駆け寄る。江利子が、笑いながら手を振っていた。 「しょうがないなぁ、あのデコ!」 「お姉さま! 外は危険です!!」  聖と令が、駆け出した。急がないと、逆様が始まるかもしれない。 「令!」祥子が叫ぶ。 「江利子! 早く戻っていらっしゃい!!」蓉子は、江利子に向かって言った。 <-01:13>  薔薇の館が騒がしくなった。江利子はさすがにまずい、と感じたのか、薔薇の館に向かって歩き出す。しかし、まだ未練はあるのか歩みはゆっくりだった。 「お姉さま!」 「江利子!」  令と聖が走り寄る。江利子も無意識に歩みが速くなり、そしてついに走り出した。「怖い」と江利子が感じたのである。 「江利子、早くこっちに!」 「中に入らないと……!」  その瞬間。  ゆっくりとだが、世界が斜めになり出した。 <00:03> 「まずい!」そう叫んだのは聖である。「江利子、戻るよ!!」 「お姉さま!!」令が悲痛な叫びを上げる。 「わ、わかったわよ!」  薔薇の館に向かって三人は走り出す。館への道がだんだん坂道になっていく。それも、下り坂だ。  下手に走ったのがまずかった。館に向けて、三人は加速していく。 <01:42>  椅子と机が動き出した。  祐巳は祥子に、志摩子は由乃に、互いにしがみついていた。  蓉子だけが、窓の外を見ていた。三人が、薔薇の館に入るまでを見届けなければ安心はできなかった。 「由乃さん……怖いわ」 「大丈夫よ、志摩子さん。私も、怖い」  ずずず、と音を立てて机が移動していく。だんだん床が斜めになる。しかし、ここまでは斜めの日と一緒である。問題はその先──つまり「逆様」だ。 <02:11>  薔薇の館の扉に最初に飛びついたのは聖だ。焦りながらも扉を開き、道を確保する。 「早く!」 「お姉さま、先に!」 「ごめんなさい、令!」  江利子が館に入ろうとした時、更に地表が斜めになった。外側に開いていた扉が、勢い良く閉じる。 「うわぁ!」  聖がドアノブを持ったまま、宙吊りに近い形になる。ゆっくりと、足場を確保する。  それと同時に、江利子が扉を、持ち上げるようにして開いた。 「ゆっくり! 急ぐと、落ちるよ!!」  普段歩いていた床が壁に変わっていく。斜めは、逆様になるための回転の途中なのだ。  江利子が館に入る。ゆっくり斜面を下り、壁に足をつく。 「令!」江利子が扉を見上げた。  返事をしようとした令だが、バランスを崩してしまった。  悲鳴もあげれず、令が入り口から落下する。 <04:53>  斜めになりだして、そろそろ五分が経過する。だんだん床が垂直になりつつある。  窓のある場所にいることは出来ない。蓉子たちは壁がある部分に移動する。 「そろそろ45度くらいね」 「江利子さまも中に入ったようですね」 「全く、江利子ったら!」  椅子と机が、壁にくっついた。全ての移動するものが、館に片側に寄っている状態だ。 「教室は大変でしょうね」 「病院とかも」 「図書室なんか、目も当てられないわよ」  意外とのんびりしている、二階の面々であった。 <05:21>  一方、一階のメンバーはとんでもなく緊迫していた。 「大丈夫!?」聖が聞く。 「だ、大丈夫です」  真っ直ぐ落下して、危うくステンドグラスを突き破るところだったが、なんとか階段にしがみついたのだ。  今は踊り場の部分に避難している。 「令」 「なんですか、お姉さま」 「……ごめんね」 「いえ、いいんです。お姉さまが無事なら」令は、柔らかく微笑んだ。 <07:21>  今度は、天井が床になって壁が壁に戻る。逆様への折り返しが始まった。 「世界が、逆になっていくわ」 「そ、外にいたら、どうなっちゃっていたんでしょうか……」  祐巳が泣きそうな声で言う。すると、志摩子が由乃の耳元で、ぞっとするような低い声で呟いた。 「──空に、堕ちるのよ」 「や、止めてよ、志摩子さんっ」 「ごめんなさい、由乃さん」 <09:01>  江利子は、聖にしがみついていた。 「あんまり、くっつかないで」 「私が落っこちたら、道連れよ」 「やめてよ、バカ」 「……」 「何。どうしたのよ」 「……ありがとう」 「それは、元に戻ってから言ってよね」 「うん」 <10:04>  十分が経過した。逆様になったので、回転は終了したようだ。  床となってしまった天井に、彼女達は座っていた。 「これは……とっても心臓に悪いわ」由乃はそう言うと、天井にのびる。 「本当ね。来年から廃止になればいいのだけれど」祥子は、祐巳の頭を撫でながら言った。 「空に堕ちるって、どんな感じなんだろう……」志摩子の言葉に魅せられた、祐巳が呟く。 「きっと、海を飛ぶようなものだと思うわ」志摩子の返事は、どこか哲学的でもあった。 「江利子たちも、大丈夫みたいだし」蓉子がそう言いながら、ビスケット扉を開いた。 「あら、令」目の前に、令がいた。「聖と江利子は?」 「ここここ」 「今からそっちに行くわ」 「気をつけて降りていらっしゃい」 <49:32>  逆様の日が始まってから、もうすぐ一時間になる。ひっくり返った世界は、何だかんだで新鮮だった。  パニック気味だった心も落ち着き、まったりしていた時、祥子に祐巳が言った。 「お姉さま」 「なぁに? 祐巳」 「いつ、元に戻るんでしょうね」  誰かが、はっ、と息を飲んだ。 <50:00>  世界が、斜めになり出した。

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