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朝日を浴びながら」(2008/10/08 (水) 02:27:30) の最新版変更点

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「マイク。ボクはいつか、ロボットを作り上げてみせるよ」  それが博士の口癖でした。  博士が幼い頃に抱いた夢は、その時はまさしく夢物語だった、と僕に話してくれました。  沢山勉強をして、人の役に立つロボットを作る。それが博士の夢でした。  事実、博士は貧しい家庭環境をも跳ね除け、奨学金で国立の大学へ進み、更に勉強を重ねて、ついにロボットを作り上げたのです。  ある日、ボクに電話を掛けてきた博士は興奮気味に言いました。 「マイク、ボクはついにやったよ」 「一体どうしたというんです。こんな明け方まで研究を?」 「ああ。睡眠時間を削ってまで取り組んだ成果がついに実ったんだ」 「すると、まさか」 「そのまさかさ、マイク。ボクはついにロボットを作ったんだ」  僕はパジャマから着替えることもせず、ただ上着だけを引っ掛けて朝日が昇りかけている街を走りました。  研究所に到着した僕を待っていたのは、目の下に大きな隈を作っていた博士と、作業台に横たわるマネキンのように白い肌の人型のそれでした。 「博士、これが」  息を整えながら僕が言うと、博士は満面の笑みを浮かべてこう言いました。 「そうさ。これがさっき完成したばかりのロボットだよ」  博士はふらふらとした足取りで流し台に向かうと、ポットからカップに湯を注いでいきます。  その間も僕の視線は作業台の上にある彼に注がれ、震える足をどうにかおさえようと必死でした。 「疲れただろう。そこのソファに座ってくれ。今紅茶を用意するから」  そこでようやく博士が僕の身なりに気づき、笑いました。 「おいおいマイク。その格好はなんだい」 「そういう博士こそ、白衣が全く白くないじゃないですか」 「それはお互い様だよ、マイク」  二人分の紅茶を持って戻ってきた博士は、満足そうなため息をつきました。 「何年かかったかな」 「ボクがこのラボに来る前から続けていましたよね」 「ああ。するともう七、八年は経ったか。いや、一番最初にロボットを作りたいと思ったのはもっと昔だ。それを入れたら、三十年は経つ」  博士は紅茶を旨そうにすすり、僕もそれに続いた。お互いに手が震えてしまうのは興奮からきていたのでしょうか。 「だけど、まだ研究は続くよ。僕の本当の夢は、人の役に立つロボットを作ることだ。あくまでもこれは試作品と思わなければ」  これまでもロボットは作ってきたが、全て失敗作でした。それを思うと、博士はまだ起動さえもさせていないロボットを成功と言い切るのには理由があるのだと思いました。 「今日はもう疲れてしまった。どっと眠気が押し寄せてきたよ」 「博士、僕は博士に起こされたのですよ」 「そうだね。すまなかったよ。でも、この喜びを真っ先に伝えるのはキミしかいないと思ったんだ」 「ありがとうございます」 「しかし、明け方の紅茶は普段飲むものと違った味わいがあるね」  窓の外には、今にも地平線から離れようとする太陽がありました。 「博士、明け方の紅茶もいいですが、午後に飲む紅茶も格別なものがありますよ」 「うん。そうだね。でも、どうして?」 「幸い、僕は博士のこのロボットで目が覚めました。博士はゆっくり眠っては?」 「有り難い。キミに甘えて、そうさせてもらおうかな」 「まさか最初からそのつもりで呼んだのではないでしょうね?」 「ハハ、僕はそこまで考えが回らない男だよ」  博士はソファから立ち上がり、欠伸をひとつ。 「悪いね。僕は自室で休ませてもらうよ。腹が減ったら何か作って食べてくれていいよ」 「わかりました。起こしましょうか?」 「そうだね。キミが一番紅茶が美味しく飲めそうな時間になってもボクが起きて来なければ、起こしてくれないかい」  僕が返事をすると、博士はドアの向こうに消えていきました。  階段を上がっていく音が消えたところで、ボクは慌てて電話に飛びつきました。 「博士」  ベッドに横になる博士の体を揺さぶると、ゆっくりと目を開いていきます。 「ああ、マイク。ありがとう」 「紅茶の準備もできてますよ」 「トーストも?」 「もちろん」 「ハハ、キミは最高の助手だよ、マイク」  博士はすっかりヨレヨレになったシャツを着て、カーディガンを羽織って部屋を出て行きます。僕もそれに続いていきました。  研究室に行くと、そこには変わらずに横になっている彼と、ソファに座るスーツ姿の男たちがいました。 「おや、マイク。客がいるならいると言ってくれれば」  博士は怪訝そうな声を出しました。  スーツの男の一人が立ち上がり、博士に向かって言いました。 「バーク博士ですな。私は警視庁のフロディアス警部です」 「警視庁の警部殿が、一体なぜ?」 「博士に逮捕状が出ております」 「逮捕状? 何かの間違いでは。私はここでただ研究をしていただけです」  博士は両手を広げて警部に説明しますが、警部は左右に首を振り、 「残念ながらその研究が問題なのですよ、博士」 「どういうことですか。マイク、キミからも説明してやってくれ」  博士は僕を見ました。でも、もう僕には博士を見ることはできなかったのです。  博士は悲しそうな顔をしました。 「キミか、キミなんだな、マイク。なぜだ。ボクとキミは共に同じ夢に向かって研究を続けてきた仲間じゃないか」  僕には答えられませんでした。  博士の腕を、研究室に入ってきた警官たちがつかんで、外に向かって歩かせていきます。 「なぜだ、なぜなんだマイク。キミはまさか、ボクの研究を横取りしようと企んで……」  博士はパトカーに乗せられるまで、ずっと僕に向かってそう言っていたのでした。  床に座り込んでしまった僕に、警部が駆け寄ります。 「大丈夫ですか。よく頑張りましたね」 「僕のことはいいです。それより、彼を……」  僕は震える手で作業台を指差しました。警部は黙って頷くと、警官たちに指示をしました。 「しかし、バーク博士はとても優秀だと評判でした。一体なぜ」  警部の問いかけに、僕は答えました。 「きっと、夢を追い続けるうちに狂ってしまったんですよ。自分で殺した子供を、自分で作ったロボットだって言うくらいに」  作業台に横たわっていた少年は、僕も見覚えのある子供で、ひどく驚いた顔をしていました。近所でも評判の優しい博士に殺されるなんて思ってもみなかったでしょう。  ──ええ。これが僕の博士との思い出です。  僕は正しいことをしたと思っています。いくらなんでも、狂人による殺人を許容できやしませんでしたから。  ただ惜しむらくは、本当に博士が作り上げたロボットを見ながら、一緒に美味い紅茶を飲むことができなくなったことでしょうか。  僕は残念ながら博士ほど優秀ではないけれど、なんとかこうしてロボットの研究を続けています。いつかきっと、本物を作り上げてみせますよ。  昔話につき合わせてしまいました。紅茶が冷めてしまいましたね。  どうです、あなたももう一杯。

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