姉が妹にちょっかいを出している。と、そこに黒塗りの車が停まった。 「よっ、明日葉姉妹。相変わらずエロいな」 窓を開けてそう言ったのは、二人の知り合いの海野流鏑馬である。にやにやしている流鏑馬に、ミドリは言った。 「エロくないです!」 「妹はそうでも、姉がエロい」 ぼん、きゅっ、ぼんの身体に不釣合いなセーラー服。何度も言うが、そちらのお店の方ではない。 「ぅあ、確かに」 姉に対して軽い敗北感を抱く妹。気持ち的にはorzな感じだ。 「ええ、私エロいの?」 しかし妹の気持ちを知ってか知らずか、ユカリは驚きの声を出す。 「自覚ないの!?」 「あったらセーラー服着ねぇよ。ほら、後ろに乗りな。送ってやるから」 呆れた風に流鏑馬が言った。 「でも」 「そのペースだと遅刻だろ。ほら乗った乗った」 「えへへー、一緒に助手席乗ろうよ」 「助手席はひとり!」ミドリが叱る。 「別に、膝に乗ればいいんじゃね?」 「おお、天才現る」 「流鏑馬さん!」 結局二人は後部座席に乗ることになった。ユカリはミドリの肩に頭をあずける。 「えへへー」 流鏑馬が、そんな二人を見て、尋ねた。 「なぁ。たまに思うんだけど、姉は頭が弱いのか?」 「し、失礼な!」 ユカリが慌てて反論する。 「その反応がありゃ心配はねぇか。でも、妹の気持ちも考えろよ」 「ミドちゃん……もしかして、迷惑?」 少し顎を引いた上目遣いのユカリ。狙ってではなく、天然でやるから困る。 「……ほんの少しだけ」 「……ふぇ」 「あ、あ、あ、泣かないでお姉ちゃん!」 わたわたしている妹をバックミラーで見る。 流鏑馬はため息をつき、こう思った。 ──あぁ、頭じゃなくて心が弱いのか、姉は。 ***** 「おはようござーます!」 ユカリが元気に挨拶をする。クラスメイトたちはみんな笑顔で返事をしてくれる。 市立希望ケ丘女子高等学校。一年風組の教室である。明日葉姉妹の席は隣同士で、窓側がユカリ、廊下側がミドリだ。 席につくや否や、ユカリに金色の獣が突撃してきた。 「Good Morning, ユカリ♪」 「ぐどもーにん、ジョー♪」 アメリカからの留学生、ジョアンナ・ハミルトンである。ユカリと同じくらいのデンジャラスバディが教室を駆け抜け、ユカリに抱きついてきた。 「キョーもSexyだヨ、ユカリィ♪」 「てんきゅーてんきゅー。そう言うジョーもめちゃセクシー♪」 この二人が会話すると、何故か語尾に♪がつく。いや、そんな気がする。 とにかく教室は賑やかなもので、ユカリとジョアンナが国境を越えていちゃいちゃしていると、その横ではミドリが前の席の池澤卑弥呼と話をしていた。 ──お姉さん、毎日楽しそうよね── 「そうね。特にジョーと一緒だと、元気が増してるみたいだわ」 ──私も、あの元気さが欲しい── 「卑弥呼はそのままでいいよ。その方が、卑弥呼って感じ」 ──そう。そう言ってくれると、嬉しいわ── 池澤卑弥呼はやけに声が細い。どのくらい細いかと言うと会話しているのに「」が使えないくらいに細い。そんな卑弥呼と普通に会話ができるのだから、ミドリは卑弥呼との「通訳」もよくしていた。 「そろそろ先生来るんじゃない?」 誰かがそう言うと、卑弥呼はミドリに微笑んでから前を向いた。ジョアンナは軽くユカリの頬にキスをして、「それジャ、またあとでネ♪」と言って自分の席に戻っていく。 教室のドアが開いた。担任教師の巽翼が入ってきた。 「おはようございます、みなさん」 厳格そうなイメージの教師だ。しかし、それは外見だけである事を、生徒たちは知っていた。なぜなら「おっはー、翼」とユカリが言えば、「おっはー、ゆかりん」と返すからだ。 二人は元々同級生なのだが、何がどうしてこうなったのか、生徒と教師の関係になってしまった。 「さて、ホームルーム始めるわよ。委員長、プリント配って」 今日もまた、ドタバタした学園生活が始まる。