「ねぇ魔理沙。あたいのこと、本当に好き?」 チルノは、いつも不安そうに聞いてくる。 その度に私は彼女の頭を撫でながら、「ああ。大好きだぜ」と答えるのだ。 ……思えば、いつから私はこのおバカな妖精と付き合いだしたのだろうか。 あまりハッキリとは覚えていないが、ただひとつ確実なことは、チルノが私の恋人になってから、一部の者の弾幕が異常に濃くなったということだ。 アリスやパチュリー、咲夜、にとり、そして霊夢までも。正直、まったく意味がわからない。あいつら、何のつもりなのだろうか。 「……ねぇ、魔理沙」 「ん?」 私は思考の渦からチルノの呼びかけによって救い出された。 「……キスして」 こういう時、不安な時、チルノは決まってキスをせがむ。 私が考え込むとわかるらしい。 泣きそうな顔をしているチルノの頭を優しく撫でてから、そっと唇を重ねる。ついばむようなキスが、チルノは好きだった。 唇を離すと、チルノは満足そうな笑顔で、私の胸に顔を埋める。 「えへへっ」 私は抱きしめたまま、ベッドに転がった。 「魔理沙っ。あたい、魔理沙のこと大好きだからねっ」 「ああ。私もチルノのこと、愛してるぜ」 ──チルノは普段は能天気だけど、本当は素直なだけなんだ。 自分自身が不安になるとひどく落ち込んでしまうし、相手が不安だとすぐに気づく。 自分が楽しいときは相手にも伝えようとするし、相手が楽しいと自分も笑顔になる。 本当に可愛らしい。本当に愛しい。 絶対に、離さない。 ──そう、誓ったのに。 *** [翔べない天使] *** ある朝、目覚めるとチルノの姿が無かった。 その時は、どこかに遊びに行ってるのだろうと思って、深く考えずにいた。実際、昼間は霧の湖で遊んでいることが多い。 昼を過ぎた頃、とてつもない大きな音がしたが、すぐに消えた。何かの異変の前触れかもしれない。そう思った。 その日は夕方になってもチルノは戻らなかった。私は心配になって、森を探し回った。魔法の森は茸の胞子がキツく、変な場所に迷い込んでしまうと私でも気分を悪くしてしまう。もし、チルノがそういう場所に入ってしまっていたら? ……とても心配だ。 しかしチルノはどこにもいない。マスクをして危険地域にも近づいてはみたが、チルノの気配は無かった。 疲れを感じて、休憩しようと上を見た時。 「……あれは」 私は箒にまたがって浮くと、枝に引っかかっていた布切れを手にした。間違いない。これは、チルノのリボンだ。 「……チルノ? チルノ!」 どうして、こんなにボロボロなのだろうか。それに、薄っすらと付着しているのは……血、なのか? 私は半分パニックになりながら、森の中を探し回った。 * 「魔理沙」 何の収穫もなく家に戻ると、玄関で咲夜が待っていた。 「な、何の用だよ……私、少し休んだらまた」 「チルノを探してるの?」 その瞬間、私は咲夜の胸倉を掴んでいた。 「何か知ってるのか!? チルノはどこなんだ!!」 「落ち着きなさい! チルノは、今紅魔館にいるわ!」 「ほ、本当か?」 「嘘をついてどうするの。ただ……」 「……何だよ、どうしたんだよ」 「チルノ、ひどい怪我をしていたわよ」 「!!」 私は地面に膝を落として、咲夜を見上げていた。 「怪我……?」 「お嬢様に言われて、貴女を呼びに来たの。早く、行きましょう」 「あ、ああ……」 * パチュリーが、案内された部屋の前にいた。 「魔理沙」 「パチュリー。チルノは?」 「相当にひどい状態よ……」 「そんな」 「……会ってあげて」 ドアが開く。 部屋の中には、美鈴とレミリアがいた。 そして、部屋の中央にあるベッドには──。 「うあ、あ、あ」 私はベッドに横たわっている彼女をまともに見れなかった。 「ああ、あ……チルノ、なのか……?」 全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、僅かに肌が見えるだけ。 左目だけ、顔の中では露出している。 「薬が効いているから、今は眠っているわ」 レミリアの言葉が、耳に届いた。 「……治るよな? すぐに、よくなるよな?」 「傷は深く、数も多い。完治にはかなりの時間がかかると思っていいわ。……いいこと、魔理沙。これは、いつもの弾幕ごっこなんてものじゃない。例えこれが弾幕での怪我だとしたら、誰かが悪意を持って徹底的にチルノを弄ったのよ」 頭が、真っ白になった。 この幻想郷に、そんな奴がいるのか? 私は、意識が遠くなるのを感じた。 * 「……魔理沙。魔理沙、起きなさい。チルノが起きたわよ」 私はソファに寝かされていたらしい。咲夜の声で起きると、ベッドの上で体を起こしているチルノを見つける。 「チルノ、チルノ!!」 私はふらつく足で、どうにか急いでチルノの前まで行く。 左目は、いつものチルノの瞳だった。 「チルノ、私だぜ。わかるか?」 「……魔理沙」 「ああ、私だ──」 この次にチルノの口から出た言葉は、まるで呪いのようだった。 「──聞こえないよ」 「……え?」 「魔理沙の声が、聞こえないよ。みんなの声も。音も、何も、聞こえないよ……」 「チルノ、まさか、耳……」 鼓膜が破れていたらしい。無音の世界に、チルノはいきなり放り出されてしまったのだ。 私は、気が付いたらチルノを抱きしめていた。 「魔理沙、魔理沙、怖いよ、何か喋ってよ、魔理沙」 私は何も言えなかった。 口を開くと、きっと泣いてしまうから。 それでも、私の目からは、涙が溢れていた。 * しばらくは、紅魔館に通いでお見舞いを続けていたが、ある程度チルノも回復してきたので、私の家に戻ることになった。 レミリアたちに礼を言い、私たちはゆっくりと道を歩いていく。 「なぁ、チルノ」 チルノの頬に、自分の頬をくっつける。こうやって喋れば、少しは聞こえるらしい。 「なに?」 「何があったかは、やっぱり教えてくれないんだな」 「……あたいも、よく覚えていないんだ。おっきな鳥みたいなのが、あたいの目の前にいたことしか、覚えてない。……ごめんね」 「いや、いいんだ」 チルノは、ひょっとしたら誰かをかばっているのかもしれないし、本当に何も覚えていないのかもしれない。大きな鳥が何を意味しているのかも私にはわからない。 でも、もう、いいんだ。 私はチルノを抱き締めると、箒にまたがった。 「──もう離さないからな、チルノ」 「もう離れないよ、魔理沙」 私たちは、空を突き進む。 このまま結界を突き抜けて、外の世界で暮らすのもいいな、と思う。 魔法使いなんて外の世界にはいないだろうし、妖精には生きていくには劣悪な環境だろう。 でも、全てを忘れて一からやり直すには、いいかもしれない。 「ねぇ、魔理沙」 「ん?」 「キス、して」 ……ああ、また不安になったのか。私があれこれ考えたから。 「余所見運転は、事故の元だぜ……」 チルノの唇を、少し乱暴に奪う。 今までにしたことのないような、激しいキス。 チルノを愛している証のように、私は──。 *** 「ただいま、チルノ」 「おかえり、魔理沙」 雪が降る。チルノには最高の季節だろう。 私とチルノは、外の世界にいる。 紫がスキマを使って、別の場所と繋げてくれたのだ。いつでも帰れるが、まだしばらくは私もチルノもこの世界で生きていこうと思う。 「傷、目立たなくなってきたな」 「うん。空は飛べなくなったけど」 そんな会話を、頬をくっつけた状態でする。 ──もう、離すもんか。 そう改めて誓い、私はチルノと一緒に窓の外を見た。 この轟音にも、慣れたものだ。 「大きな鳥だね」 「そうだな。大きな、鉄の鳥だぜ」 雪の中飛び立つ飛行機を見ながら、私たちは微笑み、ゆっくりと唇を重ねた。