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チュニジア日記2


【 4日目(前編):タメルザ 】

昨日の夜は酔っ払っていた。ただ、またまたじゃんけんで負けて、変なソファーベッド
で寝ることになったのは覚えている。その代わりシャワーは最初。じゃんけんして勝
った人が以下の選択肢を優先的に選べる。みんなじゃんけんで勝つと寝床決定権を
重視するので、いつも俺がシャワー一番なのだ。
①シャワー3番+寝床決定権1番
②シャワー2番+寝床決定権2番
③シャワー1番+寝床決定権3番
シャワーから出てきて山田を軽くゆすったがうなずいて寝てしまった。前田は山田より
後で起こせないので、ほっといたら朝まで風呂に入らず寝っぱなしだった。へへへザ
マー。

俺は快適に5時起き。みんなが寝ているのをいいことに冷たい水を自分の周りに置き、
一番クーラーの当たるところへソファーを動かして寝た。多分俺が一番快適だっただろう
。気持ちよい目覚めで窓を見ると・・・。絶景。絶句。タメルザ渓谷に囲まれたこのホテル
からの眺めは、感嘆するより他ない。朝日は残念ながら、砂に雲隠れし美しく見ることは
できなかった。ぼんくら2人を起こし外に出る。前日風呂に入っていない二人は原因も
わからずカメラを持って外に出る。やはり絶句。ホテルもやはりすばらしく、非の打ち所が
ない。
(写真1枚目/写真2枚目)

身支度をして食堂に行くとパンとコーヒーが準備されていた。特にフルーツジュースが
おいしい。山田が前田のジュースを奪い全部飲もうとして噴出し大惨事になった以外は
最高だ。俺らもう30だよ・・・何やってんだよ。

その後、ガイドが時間どおり到着し、ミデスに向けて出発!ミデスはアルジェリアとの国境
にある街で、人はあまり住んでいない。アルジェリアで雨が降ると、ここミデスの渓谷に
恐ろしい鉄砲水が流れてくるという。なるほど、この渓谷の土輪はその激しい雨に穿たれて
できたものなのか・・・。この険しい渓谷があのイングリッシュペイシェンとのパッケージに
使われたところでもある。感動。ここで15分ほど見学したが、一日中いても飽きない雄大な
景色だった。
(写真3枚目/写真4枚目)

次に我々はメトラゥイに向かった。ここにはレザールージュ(赤いトカゲ)という観光列車があ
る。往復2時間で2000円ほど。渓谷の中を縫っていき、途中で止まって写真を撮る時間も
くれる。電車に乗るのが遅かったせいか、3人のいる場所はなく、仕方なしにBARでタムロし
た。車と違って流れる景色はゆっくりでパノラマを見ているよう。「世界の車窓から・・・」を
彷彿とさせる。帰りの1時間はBARの近くにいた駅員と仲良くなった。どうも我々日本人は
話かけやすいみたいだ。どこに行っても話かけられる。「そのカメラいくらするんだ?」とか、
「日本人はなんでそんなに働くの」とか・・・、「横浜かと東京はどのくらい離れているの?」と
か・・・ずーっと話していた。このとき、この国の人間はラテン系の人間のように人懐こく、それ
でいて、礼儀正しい人たちだと関心した。メールアドレスを交換し、楽しい時間にお別れをした。
(写真5枚目/写真6枚目/写真7枚目)

戻って、ガイドに会うと、昼飯を食って来いという。そこで観光客がたくさんいるレストランに通
された。日本人はここでも我々だけで、周りが興味深々にこっちを見る。めずらしいのは日本
人なのか我々のアホずらなのか。

そして、またタメルザへ戻った。ここで2箇所の滝を見に行った。一箇所はかなり小さい滝で
現地の子供たちが水浴びしていた。私を見ると「ジャッキーショウ!」と言って、蹴りを食らわ
せてくる。どうやらジャッキーチェンが有名らしい。そういえば、さっきの車掌さんも「ブルースリー」
って言ってた。それは日本じゃないと何度も言ったがどうでもいいらしい。負けじと子供にパンチ
をお見舞いする。相手は6人だったが、私のインチキな構えに肝を冷やしたようだった。写真を
撮らせてもらったお礼にボールペンを上げると大喜びで取り合いしていた。きっと、今日の夜に
はこの滝に捨てられるんだろうが、興味を引けてよかった。
(写真8枚目)

次の滝はかなり山の中にあり、タメルザのオアシスの原水になっているところだった。現地の
オフィシャルガイドを雇い、30分くらい見学した。さすがに動きぱなしのせいか、山田の足腰
が弱っている。最初あんなにカメラを取っていたのに、めっきりシャッター音が聞けなくなった。
この男はテンションだけで生きているので、テンションの低いときは話かけないようにしたほうが
よい。私は明るいガイドのおかげもあって、ものすごく堪能できた。いい写真も撮れた。
(写真9枚目/写真10枚目)

最後に最終地点である、トズールへ向かってもらった。明後日にはここから国内線でチュニスに
帰るのだ。本来ならば、今日のスケジュールは明日までかけてこなす予定だったが、あまりに
順調すぎて、みんなの意見が割れはじめる。

とにかく、ガイドに2つ星ホテルで降ろしてもらい、お別れをした。
(写真11枚目)

そしてホテルオアジズへ・・・。

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この日は長いので書ききれませんでした。
また時間できたら後編書きます。
4日目の後半。
写真は1枚のみ。

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【 4日目(後編):トズール 】

トズールには4時過ぎに着いた。まったくもって予定通り。
ただ、うれしい誤算は、明日周るべきところを今日見てしまったということだ。ホテル・オア
ジズを2日予約し、部屋に入る。

き、汚い。

今までの綺麗なホテルに感覚が麻痺してしまったのだろうか?しかし、クーラーは壊れて
いるしトイレは流れない。これで一日50ディナールはボッタクリ意気消沈する。

明日、何をするかは車の中で十分話し合った。そしてその結果、今日・明日は中休みも兼
ねてゆっくりしようと決めた。明日は歩いて街を周り、メディナ(教会)を見学するのだ。その
時間にお土産も買う。だから、今はゆっくりすることがひとつの目的だ。

俺は洗濯を始めた。

前田は一人で外に遊びに行ってしまった(なんで10分くらい休めないんだこいつは)。

山田は横で明日の計画を練る。

洗濯が終了するころ前田が帰ってきた。

「駄目だ。この街。」「土産ものはたいしたものがないし、街も狭くて見るところがない」

なんでいつもそうなんだろう?常に面白いことが待っているわけはない。ここはチュニジアで
もかなりの田舎だ。そこの生活をじっくりみるのもいいじゃないか?俺はそう思った。観光地
として見るべきところは見たんだし、何もなくたってゆっくり街を歩くのも、ひとつの旅の醍醐
味じゃないか?毎日観光地を見て写真に収めるだけが旅行か?それは旅行のひとつの楽
しみ方ではあるが全てではない。それをおまえだけの判断で「駄目な街」とはナンダ!駄目
とは。

ちょっとむかついたが、我慢した。なぜって、俺は保守的だから。本当は自分の体が辛くて
休みたいだけ。それを上のような正当化した意見で自分を飾り、意見を言うのはよくないの
で黙っていた。

その後、30分くらいどうするか討論した。

前田案「今すぐ明後日の国内線をキャンセルし、明日、乗合タクシーでチュニスに戻る」
山田案「明日、5時間くらいはタクシーで遠出して、可能な限り観光スポットを見る」
川口案「基本的にはゆっくり町をみたい。お土産みたい。もしチュニスに戻るなら明日一日か
けて戻るのは結局時間の無駄なので、今すぐ夜行タクシーで12時間かけて戻る」

俺は勝負だった。今から夜行タクシーは現実的に体力的に全員NGのはず。それを計算して
正当論っぽく、ゆっくりしたいことをアピールしたのだ。

結局、話し合いはもつれ、まず夕食を食いに行った。
本に書いてあるレストランに入ったが、ビールを注文すると断られた。その瞬間、前田と山田は
店を出る。私はちょっと我慢できない。だって、お店の人に失礼だもの。2件目も同じことがくり
かえされそうになって我慢できずに言った。一度店に入ったんだから、メニュー見て出るべきでは
ないと・・・。

それが、討論の口火だった。みんな今回の旅行でお互い、たまっているものを吐き出した。いつも
は最終日なんだが、あまりにみんな自己中心的になっていたので仕方がない。
(写真①)

結局
川口→前田「周りの人間への迷惑を考えようよ」
山田→俺「物事は思ったときにすぐはっきり言った方がいい」
前田→山田「みんなが良かれと思って行動しているつもりが裏目にでた」
などの反省点や指摘が出た。

そして結論。
「もう一回、みんなの一番納得できる形で考えなおそう」
ということになった。

レストランを出て、ホテルの蒸し暑いBARへ。俺らは結局仲直りした。明日は行ける範囲で車でどっか
見て周ろうということに落ち着いた。ひとしきり飲んだ後、かなりの酔っ払いが話しかけてきた。
「こんにちわぁー」「おめでとう」とかむちゃくちゃ。

仲直りをして人にも地球にもやさしくなっている我々は、歯抜けの酔っ払いを快く迎え入れて話をした。
どうやら、我々の年齢を当てたいらしい。彼いわく。俺と前田は21才。山田34才。山田には悪いがいい線
いっていると思った。

その後、我々を気に入ったのか、ホテルの中庭に呼び出し、友達を紹介してくれた。一人はサブ。チュニスで
外科医をしているというこの男は31才で俺と同い年。かなり洗練されていて物腰が美しい。もう一人は、ネ
ビルと言って、結婚しており、このホテルのコック。我々に話し掛けてきたのはアリといって、50才ちかいおじ
さんで、ツアーガイドだった。アリは英語がほとんどしゃべれないが、他の言語はたいていしゃべれる。フラン
ス語・イタリア語・スペイン語・アラビア語。まさにバイリンガル×2だ。サブは英語がぺらぺらで本当にかっこい
い。どうやら、地元で知り合いの結婚式があるので戻ってきたらしい。とりあえず、おごってもらった我々は5人
でビールのケースを空けまくる。

結婚式の話を深く聞いてみると、
「これから2次会があるので、よかったらいっしょに来ないか?」
という。荷物は貴重品以外ホテルに置けばいいからと・・・。こんなとき、ストッパーになる人間はいない。俺らの
求めていた時間がここにあった。

タクシーに分かれて乗り込み、公園のような広場に集まる。カメラを持っていきたかったが、山田が
「こういうのはカメラに収めず、心にしまっておくものだ」
という臭い言葉に騙されて持ってこなかった。失敗した(本当は少し納得しているけど)。

結婚式では地元の人しか当然おらず、観光客、ましてや日本人などいない。そこで、我々は狂ったように訳の
わからない踊りを繰り返した。ここで、二ザールというミュージシャンを紹介され、我々は7人で楽しい時間を過
ごした。

そのあと、またホテルのBARでまた飲んだ。もう4時だ。俺はいつの間にかアリとスペイン語で話していた。
流れてくる音楽を聴きながら「この音楽の名前は?」とか、簡単なものだったが、ちょっと話ができた。英語の
できない俺に対して前田と山田がびっくりして見ていた。ちょっとうれしかった。

最後に失礼じゃなければ割り勘にさせてほしいという我々を彼らは本当に気に入ったらしく、明日また会う約
束をして分かれた。

二ザールもあまり英語を話せない。俺らだってそう。けれど酔っ払ったときに言葉はいらないのだ。人種は違えど
酒と時間を共有できた喜びは大きな財産だ。

部屋に戻って、死体のように寝た。明日、何時に起きるかなんてわからない。

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暇。うそ暇じゃない。眠い。
夜間待機。むかつく。

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【 5日目:トズール 】

朝、起きると頭が痛かった。すっかり二日酔いだ。チュニジアの砂漠に来て二日酔いとは
最低だ。昨日話したアリ達との思い出がよぎる。

今日はこれから街中のメディナに行き、そのあとニジェールのアルバイト先である家具屋に
寄り、最後はダルシュライト博物館に行く予定。

ところが二日酔いがなかなか回復しない。おでこに「ヒエピタ」を貼って寝たのに頭痛が引か
ない。おなかも下しまくり。

とりあえず、このホテルはクーラーが効かないので、ホテルを近場の昨日飲んだホテル「オ
アジズ」に変更する。ホテルを精算するとき、受付の女性が
「あれ?あなたたち昨日の結婚式で踊ってたでしょ?」
と言われた。結婚式に街中の人が参加していたのは本当なんだろうか・・・。
変更先のホテルは街一番のホテルと聞いている。クーラーも効くだろう。

ところが・・・。ぜんぜん一緒。ぜんぜん効かない。頭の痛さは増すばかりだ。

二人に1時間だけ時間もらい体力の回復に努める。山田が水を買ってきてくれた。ペルーで
高山病にかかったときも二人には食事を運んでもらったり、日程変更してもらったりした。
考えてみればこの二人の器のでかさがなければ、こんなにも楽しい旅行はできなかっただ
ろうし、またこいつらの優しさがなければ何度も死んでいたように思う。本当に感謝した。

10時頃、結局頭痛は引かなかったが、もう待っていても仕方ないので無理やり外に出る。
これ以上二日酔いごときで迷惑をかけたくない。

近郊を散歩しつつ家具屋に向かう。ニジェールは笑顔で迎え入れてくれた。そして、
「これがチュニジアの伝統的家具だ。日本にはこんな技術あるか?」
と聞かれた。確かに現地の物価では買えないような値段の家具ばかりだ。ベッド、ドレッサ
ーなど20万~40万円もする。しかし物はあまりいいものではなかった。日本の家具や伝
統工芸のほうが、おそらく緻密で、機能性もいいだろう。

我々はジュースをご馳走になり、ひとしきり話をした。昨日飲んだ医者のサブは家でダウン
しているという。アリは・・・まだ飲んでいるそうだ。

夜にまた会わないかとの誘いを快く受け、ホテルのプールサイドBARで7時に待ち合わせ
した。

そしてメディナに向かいつつオアシスの横を歩く。近所の子供たちが道案内をしてくれるが
お金目当てであることは間違いない。とにかく必死でガイドしてくれるので無下に断ることも
できず迷路のようなメディナに入っていった。
(写真①/写真②)

この国の住民は男女が入り混じって団体でいる姿はなく、女性だけか男性だけ、またはカッ
プルという組み合わせしかない。基本的にはイスラム教であり、女性は肌を見せず男性の顔
を見ることもない。だから女性と会話する機会は全くと言ってないのだ。メディナでも同じように
、すれ違う女性は足早に我々の横を去っていく。オアシスで水浴びをする子供たちを写真に
収め、我々は満足してホテルに戻った。
(写真③/写真④)

次にダルシュライト博物館に向かう。途中で昼飯を食べようと歩いたが約10分歩いて山田が
ダウン。レストランへの残り100メートルでタクシーを掴まえてしまう。アホだ。ニッポンの恥な
ので行き先を100メートル先のレストランではなく、ダルシュライト博物館にしてもらった。

ところがダルシュライトの周りのレストランはオフシーズンのためか全ての料理が売り切れと
言われる。従業員15人もいるレストランでこいつらは何をやっているのか?そういえば平日だ
というのに仕事をする人はなく、みんな日陰で休んでいた。ここではみんなが貧乏。そりゃそー
か。仕方がないのでまた近くの大きいホテルに入り地下のビュッフェで食事をする。一人2500
円と法外だが仕方ないのだ。食べるところがないのだから。

ここに来て久しぶりにカレーなどの料理が食べられる。食事後、外のプールでは泊り客の白人
女性が気持ちよさそうに泳いでいた。ふと前田を見るとズボンを脱ごうとしている。
「俺も泳ぐ泳ぐ。気持ちよさそう。」
ここは我々のホテルではないと何度説明しても、頭の弱い子にはわからない。山田と私は羽
交い絞めをしてロビーへ連れて帰り、ビリヤードをした。早い話が50度の世界ではなく、少しで
もクーラーの効くホテルに長居したかったのだ。ビリヤードをしていると、ホテルの従業員が次々
に話かけてくる。「昨日踊ってたね」とか・・・。もはや面は割れているようだ。悪いことはできない。

夕方、少しだけ日が落ちたようなのでダルシュライト博物館に行く。ここには
①アリババ博物館(5ディナール=450円)
②歴史博物館(5ディナール=450円)
があり、非常に人気のスポットとあった。なめんな!地球の歩き方!閑古鳥が声を嗄らしている
ようなところじゃないか!それでもめげずにアリババ博物館へ。

まず、コースガイドのおっさんが写真を一緒に撮ろうという。めんどくさいので一緒に撮ると、1デ
ィナールよこせと言ってきた。次に案内されたのは炎天下の舞台。今から音楽とナレーションを
流すので、そこで待てという。英語のナレーションが響き渡る。周りは炎天下の舞台に設置され
たアリババのへんてこな船。ナレーションは5分以上続く。先ほど、日陰の温度計は48度を指し
ていた。ここは日向。まさに地獄絵図。
ナレーション:「・・・・・・アリババはこのピンチをどのように乗り切るのでしょうか!」
視界がぼやけてきた。明らかに我々のほうがピンチだ。
その後、建物に入るが蒸し暑いだけの悲しいからくりだけが待っていた。建物の横には赤いボタ
ンが付いていて、ボタンを押すとナレーションとからくりが始める仕組み。途中からコースガイドが
どこかへ行ってしまったので、自分で押しながら進む始末。あふれるほどの従業員が話をしてい
る姿があり、仕事をサボっていた。彼らにサービス業はそもそも無理なのかも知れない。早足で
周っても延々と20分の道のりを歩かされた。無駄に長い。

アリババのピンチをなぜか我々が乗り切り、次は歴史博物館に行ってみた。山田曰く
「ここは歴史博物館だから大丈夫。チュニジアのカルタゴとかが出てくるって!」と
しかし、彼の目は願望に変わっていた。

歴史博物館に入るとピテカントロプスがマンモスと戦っている人形があった。そのシーンがひとつ
の建物を占拠している。
「や、山田さん。原始時代から始まってますが、この先我々は何キロ歩かされるのでしょうか?」
山田の膝が笑っていた。もはや博物館という名のお化け屋敷みたいなところである。さっきのガイ
ドが来てフランス語で説明をしてくれるが、チンプンカンプン。結局なんの知識も得られないまま
出てきた。そして最後に残った疑問。

誰を対象とした建物なのか?

解説は全てフランス語で英語はなし。からくりは昭和の日本を思わせる情けないつくり。なぜか無
駄に従業員が多く仕事しない。入場料が高く誰もいない。現地の人が行くにはちゃらちゃらしていて
、それでいて子供が楽しむには値段が高い。観光客相手でもないこの施設はいったい何に貢献を
しているのか?不思議だ。

疑問を解けぬままホテルに戻り休憩する。もう5時だ。漫画を読んだり、信じられないほどまったり
した時間を過ごした後、みんな寝てしまった。

前田が起きる。時計を見る。9時・・・。待・ち・合・わ・せ・・・。すっぽかす。

やってしまった。日本人として最悪のことをしてしまった。

必死でホテルの周りを探し、家具屋に行ったが見当たらない。せっかくできた友人を裏切ってしまっ
た。そんな罪悪感で3人はひたすら探した。結局アリに会えたのでニジェールへの詫びを伝えたが
理解していないようだった。そこでノートに手紙を書き、家具屋の建物に投げ込んだ。

  • 疲れて寝てしまったこと。
  • 明日は朝4時にここを発つこと。
  • 貴重な体験ができたこと。
などを英語で綴った。

11時頃まで街中を歩き、ファーストフードでチキンとサンドイッチを買うと、ホテルの部屋で悲しい飯
を食った。でも、どっちみち疲れていたのだ。仕方がない。会っても飲めなかったし・・・。といいように
考え、明日のチュニスに思いをはせた。

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さぁ、今回の目玉。
6日目!蘆田が多分一番気に入ると思われる日。
綺麗。美しい。快適。
ここなら女性も気に入るよん。
あと、
面倒と思うけど、今回は面白いので読んでねん!

へば!

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【 6日目:トズール 】

朝、3時半過ぎに起きる。夜、クーラーが効いているにもかかわらず汗だく。暑すぎる。
急いで起きて荷物の整理をする。ゴルゴ13が重いので、そっと前田のカバンに忍ばせる。少し軽くなった。
受付でタクシーを呼んでもらうと15分あるので前田は朝食を食べに行った。確か3時間ちょっと前に夕食食べた気がする
が、こいつは3食食わないと想像餓死する人間なので仕方なし。

トズールの国内線は意外にも混んでいた。トズールから首都チュニスに上京する人というより、田舎に帰っていた人たちが
都心に戻るイメージ。女の人はイスラム系ではなく、肌も露出しすごく開放的。
(写真①:明らかにバレた隠し撮り)

余談だが、ここの女性は今までの国、(ペルー・グアテマラ・コスタリカ)の中で一番べっぴんさんが多い。浅黒い褐色の肌
にブルーの目。目鼻立ちははっきりとしていて。スタイルがいい。本当にびっくりする。

飛行機はプロペラ機でなかなか飛び立たない。さっきから1時間機内に閉じ込められている。クーラーも止まったり動いたり
。その間、うとうとと眠る山田と前田が交互に4回くらい、
「今どこ」
と聞いてきた。そのたびめんどくさいので、途中の経由地
「ガベス」
と答えてきたが、1時間半もたってトズールを動かない飛行機にいいかげん心配になった。
それでも機内の人々は笑顔でぜんぜん動揺なし。それが変な安心感を与え、結局私も寝てしまった。

チュニスまで約4時間。8時には空港を出ることができた。さっそく、先ほど決めたホテルに向かう。「ベルベデール・フーラティ」
だ。ここは奮発していいホテル(45ディナール=4050円)だ。ウエルカムドリンクを飲んで部屋に入れてもらえるまでの30分
で今日どうするかを決める。私はタメルザの次にチュニスを調べてきていたので、どうしてもやりたいことがあった。それはカル
タゴ遺跡とドゥッガ遺跡、そしてシティ・ヴ・サイドだ。遺跡はローマ時代に建造されたものでローマ遺跡より綺麗に保存されて
いることで有名だ。シティ・ヴ・サイドは青い海・空・白い建物にチュニジアンブルーの建物が見れるということで、地中海にある
楽園のイメージ。しかし、受付のおじいさんはスケジュール的に厳しいと言う。それはわかっていた。前田にここだけは忙しくな
い移動にしたいので一番遠いドゥッガ遺跡を諦めようと話した。結局、今日のスケジュールは
a.バルドー美術館でモザイク絵の鑑賞
b.カルタゴ遺跡
c.シティ・ヴ・サイドで買い物。サンセットを見ながら夕食
だ。おーなんて甘美な旅行だ。

とりあえず、ホテルの部屋に荷物を置く。チュニスは地中海気候。日差しの下ではさすがに暑いものの、日陰はひんやり涼しい。
ホテルも都心だけあってクーラーがんがん。もう最高。文明万歳。部屋に通されてベッドに3人でなだれ込む。またエキストラベッ
ドの取り合いをして取っ組み合いをしているとおばさんが来て大笑い。俺らを横並びにさせて一番背の低かった前田をエキストラ
ベッドへ指示した。前田は足から崩れ去った。

まずバルドー博物館へ向かう。タクシーで20分ほど郊外に出たところだ。入館料は4ディナールで安い。どこぞのへっぽこアリバ
バとは違う。入るとべっぴんさんががパンフレットを持ってきてくれた
「こんにちわぁー」「もうかりまっか?」
おいおい。誰だよ、間違った日本語教えている奴。あまりのべっぴん相手に緊張しながら
「そんなには儲かってないです」
と素で答える。
ただ、相手が美人でもパンフレットの押し売りには断固拒絶を示したため、悲しそうに去っていった。とおり過ぎるとき後ろから
その女性のさびしそうな声が聞こえた。
「さらばじゃー」
買ってあげてもよかった気がしてきた。

バルドー博物館はとにかく観光客が多い。西欧人の観光客ばかり、イタリア系とギリシャ系が多い気がする。東洋人はどこを見て
も俺らだけ。カルタゴで見つかったモザイク画が多数展示されている。大きいものは縦5メートルくらいある。よくこれだけのものが
残っているものだと感心すると同時に、よくここへ持ってきたという驚きも大きかった。
(写真②:モザイク画とモザイクなしの俺)
(写真③:モザイクアップ)

1時間ちょっとの博物館見学後、外で食事をする。またファーストフードだ。というかまともなレストランはない。適当に食事をして
次のカルタゴへ向かった。

カルタゴへは約50分ほどの道のりであったが、やる気まんまんのヤンキー運転手に会い、超スピードで向かった。むちゃくちゃな
運転に山田が「ナイスドライビング」と誉めてしまったため、気をよくしている。どこがナイスなんだ・・・。

カルタゴでは円形のローマ劇場、アントニヌスの共同浴場。などを歩いて周った。ホテルの人が言っていたとおり、午後から雲が
晴れ始め空は信じられないような青さだ。遠くにはエメラルドの海が見える。家は一軒一軒が大きく、白い壁でできた美しい建物
だ。車のとおりは少ない。日本で言えば神戸のような感じ。日差しの下ではまだまだ暑いが、とにかく風が涼しく気持ちがいい。
ビュルサの丘に登り、サンルイ教会から海を眺めると、これまでの全ての痛みが消えるような感じだ。サンルイ教会の裏側に回る
と町並みも一望でき、ひたすら写真を撮った。こんな街に住みたい。
(写真④:ローマ劇場と青い空)
(写真⑤:町並み)
(写真⑥:サンルイ教会)
(写真⑦:サンルイ教会裏から見たカルタゴ海岸)

その後、アントニヌス共同浴場とトフェ(ポエニ人の墓)を周った。トフェは殺風景な場所だが、昔は聖域とされていた場所であり、
幼児の遺骨が数千と埋められている。昔、いけにえの儀式で幼児を火に投じる風習があったそうだ。そんなことはそのときは露
知らず写真をとりまくる。無知は怖い。
(写真⑧:トフェ)

3時も過ぎるころなので、隣街となるシティ・ヴ・サイドへ向かった。ここはカルタゴ海岸から少し登ったところにあり、細い通路に
おみやげ物やさんがたくさん並んでいる。家はあまり大きくないが、とにかくまっしろな壁と真っ青なドアが美しい。どの家も同じ
景観だ。町じゅうで同じ景観を保とうとしている。日本とは大違いなのだ。お土産はくだりにするとして、とにかく必死で階段を登り
坂を登り海の一望できる空間を求める。
(写真⑨:明るすぎて露出設定を間違った町並み
(写真⑩:同じく町並み)

偶然見つけた、その場所は風が強かったが、観光客が来ない、海の見える絶景スポット
だった。帰りに猫の親子にあったので写真に収めた。別に猫が好きなわけでもないのに、全ての景色に融合され、ついつい普段
はどうでもよいものを撮ってしまう。旅の力ってすごい。
(写真⑪:開けたところから見た町並み)
(写真⑫:同じく開けたところから見たカルタゴ海岸)
(写真⑬:母猫に抱きつく子猫)

帰りしなにお店でカバンと靴。スリッパを買った。山田はいつもどおり何にも買わない。なんでだろう?前田はいらなさそうなもの
を買っている。一緒に買ったラクダのクッションだけ既に必要ないのではないかと思っている。前田はとにかくお店に入って買い
叩く。値段を聞いてから商品をほうり投げたり、隣の店の値段を調べて交渉したり・・・。私はそういうことができない人間で、値
切りはするがたたきはしない。だいたい20%までは引いてもらいそれで満足だ。日本で買ったらいくらかとか、製品の質とか、
見れば買い叩かなくても十分いいものは見抜けるとここだけはいつも思う。案の定、買ったクッションの値段が別のところではもっと
安かったと前田が言いがかりをつけ、ちょっと険悪なムードになった。お店の人が安く売っているところはどこかと聞いてきて、案内
すると、安かったはずの店は値段を高く言う。談合チックだ。確かにそれ自体はむかつくが、そもそも自分で納得して買ったんだから
後から他が安いと文句いうのはおかしいと私は思う。
(写真⑭:店の町並み)
(写真⑮:お店)

そんな話をしてちょっと俺らもぶつかるが、それは考え方の違いとして、さっさと気持ちを切り替えて楽しみにかかる。

そろそろサンセットの時間だ。海に映える太陽が見たいと思い。タクシーでカルタゴ海岸まで降りる。
誤算。
海まで降りると山が壁になり太陽がもう沈んでしまっている。ダッシュで岸壁まで向かったがサンセット見えず。綺麗な海辺も山田
と前田を前にしては、一切映えない。どうしても太陽が欲しい。慌てて、タクシーを拾い、今度は上に上れとお願いした。最終的には
綺麗なサンセットは見れず、タクシーで太陽を追っかけてもらい、淡い太陽の光だけをカメラに収めることしかできなかった。あー間抜
けな俺たち。
(写真⑱:間に合わなかったサンセット)
(写真⑲:打ちひしがれる山田)
(写真⑳:タクシーで追うサンセット)

戻ってからすぐに食事に向かう。本当ならばチュニジア料理にしたいが、もう我慢できないので中華にしてもらうよう2人にお願いする。
ホテルから歩いてすぐの「香港」に入ると着物を着ている女性の写真があった。これって日本じゃ・・・。ま、間違っているのはしょうが
ない。出てくる料理はどれも珍品ではあったが、それなりに中華を模倣していておいしかった。でも、どこか違うけど。

散々ビールを飲んで部屋に戻った。充実の一日。最後のチュニジア。明日は出国しなければならない。そう考えると気持ちは高ぶる。
ホテルで3人で話をしていると前田がうとうとする。山田が氷入りの水ををドバドバとひっかける(普通の人間ははここでブチぎれる)。
その後前田は氷の音に珍しく敏感になりながら就寝した。

明日は6時起き。へへ余裕。