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堀江伸一さんこと私の自己分析。


人生経験にしろ学問にしろ同じ体験をしても賢い人は1を体験して10を知る。
馬鹿は1を経験して0.1をしる。

学問だと高度な教育を受けているなら、新しく得た一つの知識が今まで学習した知識や経験のネットワークと結び付いて相乗効果をおこしてたった一つの知識がより多くの知恵に昇華される。

人生経験も同じ理由で多い方がいい。

人生経験や学力は、複利みたいなもので元が多い人ほどより多くより早く増えていく。
だからできるだけ幼いうちから賢い子供に育てようってのはいいことだ。

一度人生経験の経験値稼ぎや教育から抜け落ちたり、1の体験から得られる経験値がとても低い私のような人間はどんなに頑張っても賢い人には手も足も及ばない。

必至の状況に追い込まれたり自分たちで知恵をギリギリまで絞らないといけない状況は人間を成長させるけど、それだって土台にある人生や教育の経験値が多いほど後で成長できる。
教育や人間関係って大事だと思う。

俺の場合子供のころは一日16時間寝て起きたらテレビを見てすごしたり。
たまに頭が少しはっきりして1日起きてられる日でも、ずーっと一日中ぼーっと座って寝る前まで水を飲むのを思いつかず、水不足で体調を崩したりするくらい愚鈍だった。
自分家の住所だって15歳でも記憶できなかった。
教室の机で物をぽろぽろ落としてもなにも考えず拾いもしなかった。

青年期は、知能障害を調べるための検査をするからと言われて腕を数回簡単に動かすだけの動作を真似しろと言われ、まったく真似が出来ないほど白痴だった。

愚鈍で白痴だったため人生経験なんてものは全くつめてこなかったし、社会教育や人格に投資をしてもらった経験もなければ、
人生経験を積める人付き合いの輪に入ることなんてできないときたものだ。

社会性もなければ人間性もないと。

いい歳になったら奇跡的に論理的思考力と言語操作能力だけ不思議なことに機能しだしたけど。
人生経験も社会的教育も義務教育も満足に受けてない俺がそんなもの復活しても、プチアルジャーノンに花束状態。
豚に真珠猫に小判馬の耳に念仏、自分の不幸を状況認識できるようになった分だけ不幸感を増すだけの神様からのプレゼント。

最悪なことに知能障害なら大勢でよってたかって笑い物にすればいいんだよ、なんてのがご近所さんにいたりする。

どうすりゃいいんだろ。


どこか場末の馬鹿でも雇ってもらえそうな使い捨て仕事で食いつないでいくくらいしか道がないのだろうな。