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2種類の文章の違い
私は創作をしようとすると大抵途中まで書いたところで、絵を描いていてデッサンを途中で投げ出すように、文章を書く困難さにぶつかり途中で諦めてしまうのですが。
最近以下のような問題が気になって仕方ありません。

それは2種類の文章の違いです。

例えば

C 海に行き私たちは愛しあった。
この文章は
A 海に行った。
B 私たちは愛し合った。

と村上春樹的に書くことが出来ます。
AとBはA+B的な双方の文章が足し算的で分解することもモノコックにCとして結合することもできます。

次の文章は

A そこには山河があり高き山は雲よりも高く低き川は豊かな流れをもってその土地の住民に農耕の恵みをもたらしていた。
B 春になると高きでは雪解け芽吹き、一つ二つと雪を押しのけて高山植物が実り短い夏への準備を始め、低きでは融けた雪が水となって木々をうるおし果物を身につける。
C 風は山にぶつかり山を吹き下ろすあいだに雲をもたらし豊かな雨をその土地にもたらす。

こちらの文章も私が書いたものですが
こちらは山に関する記述が風に関する記述に強く影響を与えて。
Cの意味はA,Bの文章によって強く意味を変えられています。
関数的に書けばCの意味はC’は
C’=f(A,B,C)的な非線形方程式のような
Cはそこまでに書かれたすべての文章の影響を受けているので
C'=A(B(C))
というような関数式を考えることが出来ます。

春樹的な文章は事務的で能率的な感じで、各文章をばらしても結合しても意味はそんなに変わらず、読者にとってスラスラ読める利点があるような気がします。
後者的な文章は、各文章が自動車のエンジンの駆動部パーツのように複雑に絡み合って連動して意味を与えあっている。
後者はいってしまえば因果論的なものがある。
前者と後者には何か決定的な違いを感じます。

しかし私は学がないために前者や後者の妙味や、学問的な分類といったものをうまく知ることや考えることができません。
どなたかこの微妙な違いについて解説をいただけないでしょうか?


質問者 堀江伸一