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作者 堀江伸一
このページはとりあえず5分単位で区切って5分でどこまで創作できるかのテスト。
文章の乱れや説明不足な部分の修正時間は別にとって記述。
文法がおかしいとか表現力が拙劣とか内用に具体性が乏しいとか欠陥だらけだと認識はあるのだが直し方がわからない。




そこには山河があり高き山は雲よりも高く低き川は豊かな流れをもってその土地の住民に農耕の恵みをもたらしていた。

春になると高きでは雪解け芽吹き、一つ二つと雪を押しのけて高山植物が実り短い夏への準備を始め、低きでは融けた雪が水となって木々をうるおし果物を身につける。
風は山にぶつかり山を吹き下ろすあいだに雲をもたらし豊かな雨をその土地にもたらす。・

山の麓には広大な台地がひろがり、よく整備された畑とその間に隠れるように村が点在し、畑に雑草もすくなく土地の人々の勤勉さと歴史を表している。
複雑に入り組んだ畑の形は、地形の反映だけでなく、遺産相続や土地譲渡の複雑な歴史を読み取ることが出来るだろう。

        • 5分でかけたのはここまで

台地の方々から人々が集まっては週に一度市場が開かれる町。
その市場の開かれる広場の隣にある商売が終わった人が集まって長話に興じるひとけのある井戸。
そのとなりの一等地。

そこで掛け声があがっていた。
人々が息を合わせて綱を引くと、木の柱が地面に掘られた穴の中に収まり柱がまっすぐに立つ。
一本立つたびに人々がやっと歓声を上げる。

道路からはその区画へと木々が荷車から降ろされて運び込まれ土壁の材料が頑健な肩に背負われて区画に入っていく、将来庭となる場所では専門の職人によって床材が切り出している。
建築が行われていた。

商売につかえそうな開放的な入り口、客をもてなすための裏庭。
商家だろうか。
門前は開放的な広い入り口を連想させ、客をもてなすためだろうそれに見合った部屋割が見て取れる。
裏通りに面した道にいは遠方より運ばれた木を植えるためのスペースには石が置かれて目印として置かれている。

近隣の住民がその土地の習慣に従って建物の築造を手伝いに集まっていた。
日常品を買うのには使われない特殊な貨幣がギルドに支払われ、ギルドを通じて建築の参加者に貨幣が配られる。

掛け声を合わせて柱材を持ち上げる声。
土をこね合わせて土壁を塗っていくもの。
若いものは力仕事を担当しながら大人の作業を見学して、将来自分も同じ作業ができるよう仕事を覚えていく。
文字を読めるものは半分程度だったが、しっかり自分の作業をこなすこと人と協力して作業することにかけてはこの土地の人々はきちんとしていた。

10分でかけたのここまで






作者 堀江伸一
作者住所 兵庫県加古川市加古川町南備後79-16

ご近所の創価学会員 森本さんや藤村さんの意見では私の創作物は1から10まで全部気持ち悪いそうです。
彼らの私の作品への評価を羅列すると。
堀江伸一は小学校の算数までしかできない。
ひたすら気持ち悪い。
き も ち わりーーーーwwwww(とても楽しそうな声で)
喜色割いなおい。
おバカな作品しか掲載しない。
単なるアホ。
等でした。


彼らの感想の表現が2ちゃんねらに似てます、そっくりです。


まだまだ私の作品は創作物の域に達してないのかもしれませんね。
精進あるのみのようです。
書きあげた文章も量が少なすぎですのでもっと長文が書けるようにならないといけません。

私が何を書いても揚げ足を取って大勢で笑い物にする種にしようとする創価学会の皆さま。
彼らの行動は一部の悪質な2ちゃんねらに似てます。
それよりもっと行動が悪質なネットイナゴにそっくりです。

私は学会員の評価を奇貨として拾うべきでしょうか?
彼らが揚げ足とれないほど立派な作品を上げれば、それは世間様に晒しても恥ずかしくない作品になるかもしれません。
問題もあります。
過去の名作というものを見ますと、発表された当時は読者は大喜びで作品を読みますが。
シリアス作品なのに10年20年たつと主人公たちの行動がギャグ漫画やギャグ小説にしか見えない等ということが結構あります。
作品の中にあるこの手のおかしさは揚げ足取りしようとしている人間から見れば格好の攻撃材料となります。
しかしこのおかしさこそが作品を面白くするための起爆剤の役割を果たしているのです。
なので揚げ足を取られない立派な作品を目指すか、揚げ足を取られてでも面白さを優先すべきか。
非常に悩ましいところです。